久本雅美のオールナイトニッポン
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本番組のパーソナリティを務めた久本雅美は、当時『今夜は最高!』(日本テレビ)出演をきっかけに人気が上向いていた頃であり、ちょうどこの時に当番組がスタートした。久本はWAHAHA本舗の舞台公演の場でパーソナリティとしてスカウトされ[1]、本番組のスタート以前に1986年8月11日深夜に『もお!たーいへん!週間』の中で『オールナイトニッポン』(午前1時 - 4時)のスペシャルパーソナリティを務めていた[2]。本番組は久本と、同じWAHAHA本舗所属の俳優・すずまさが出演。
当時から下世話な芸風を発揮し、速射トークで2時間喋りっ放しという放送を展開した[3][4]。番組中多くのコーナーが存在したが、約15分ごとにコーナーが変わって行き、長く続いたコーナーが無く、しかも毎週のように新コーナーがスタートしたと言われ、また久本のトークが長引いて2、3のコーナーが休みになったこともしばしば有ったという[4]。また、当番組主催のイベントも数本行われていた。
本番組のオープニングテーマ曲はアメリカのアニメ『クマゴロー(ヨギ・ベア)』のテーマ[4]。ジングルもトータルイメージを考えてドナルドダックなどアメリカン・コミックスの音楽を選んで流していた[5]。元々、原田達朗ディレクターがアメリカン・コミックス好きで、アメコミの雰囲気を持つ番組を作りたかったのでこういった選曲になったと言う[4]。
直前の金曜1部(毎週金曜日25:00 - 27:00)とのつながり、連動もあり、1987年8月14日深夜は『サンプラザ中野のオールナイトニッポン』パーソナリティのサンプラザ中野と共演し1部・2部連動して4時間の放送[6]。『鴻上尚史のオールナイトニッポン』の鴻上尚史とは、1987年11月13日深夜に『鴻上オールナイト』のイベントとして『真夜中のコンビニエンスストア荒らし』を行った時に鴻上が本番組に電話出演し、久本が「あんたそんなことして何が楽しいの?」と突っ込みを入れた[7]ほか、1988年1月1日深夜は鴻上と共演で連動放送(1時から3時の間は久本が外回りでレポート)[8]、翌週1988年1月8日に『鴻上オールナイト』がイベント『ミッドナイトトレイン』を行った時には電波が届きにくい時に備えて久本がピンチヒッターとしてスタンバイしていた[9]。
1988年6月24日深夜の最終回放送にも鴻上がオープニングに入って「泣け泣け」などと煽り、その後鴻上はリスナーからのさよならメッセージを受け付けていたスタジオ隣のテレフォンセンターに入り、電話を取って番組を手伝った。局舎前で放送を見守っていたリスナーもスタジオに迎え入れられて見学。番組中に高田文夫、嘉門達夫、田中義剛からのメッセージが紹介されたほか、久本の父も電話出演。久本は最後のフリートークで泣き出したが、最後は出演者、スタッフ全員で『浪花節だよ人生は』を歌ってエンディングを迎えた[10]。
番組終了から10年後の1998年2月27日に『オールナイトニッポンDX』枠で復活したほか、2013年2月23日にも特別番組『たけし みゆき 千春も登場! 伝説のパーソナリティが今を語る オールナイトニッポン45時間スペシャル』午前9:00 - 11:00の枠で復活放送を行った。