九鬼隆備
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経歴
9代藩主・九鬼隆都の長男として誕生した。
嘉永6年(1853年)12月15日、13代将軍徳川家定に拝謁する。文久元年(1861年)6月10日、父隆都の隠居により、家督を相続した。同年12月16日、従五位下・大隅守に叙任する。文久3年(1863年)3月30日、幕府から京都の警備を命じられる。元治元年(1864年)2月、京都警備のために上洛し、3月、孝明天皇に拝謁する。同年5月5日、従五位上に昇進する。禁門の変では御所を警備している。同年8月、帰藩する。藩政においては藩校・進徳館を篤信館と改名し、その翌年には藩内6箇所に郷学校を設立して庶民教育に尽力した。これは後に、明治政府による近代化教育の先駆けとなった。
慶応3年(1867年)、幕府が大政奉還を行なうと、いち早く新政府側に帰順する。明治2年(1869年)の版籍奉還で知藩事となり、明治4年(1871年)の廃藩置県で免官となる。同年11月20日、隠居し、実弟寧隆に家督を譲った。明治9年(1876年)6月12日、寧隆の死去により家督を再び相続する。明治17年(1884年)7月8日、子爵に叙爵される。明治30年(1897年)7月13日、64歳で死去した。