亀山弘章
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その他
実家は衣料品の問屋をやっており、取引先の主人と当時日本相撲協会理事長だった武蔵川(元前頭出羽ノ花)が知り合いだったため、武蔵川は弟子の出羽海(元横綱佐田の山)に伝え、出羽海は亀山の家を訪れ、入門させた[2]。
入門後に一人の女性と交際し、ゆくゆくは彼女との結婚を考えていたが、相撲界において結婚は関取になるまでは許されないため、その時を待っていたものの、膝の故障で相撲が取れなくなり、「これ以上結婚を待たせるのは無理」と彼女と別れた。別れてから間もなくして彼女は別の男性と結婚した。これに追い打ちをかけるように実母が死去し、息子の晴れ姿を見ることはできなかった[3]。幕下上位まで番付を上げたが、いずれの場所も負け越しに終わった。
長年、出羽海部屋でちゃんこ長を務め、巡業の食事が各部屋で作られるちゃんこだった頃には、ちゃんこの食材を現地で買う必要があり、全国各地の巡業地の食料品店やスーパーなどの場所や開店時間だけでなく、「何が安いのか」といった情報をメモにまとめた。他の部屋のちゃんこ番も亀山の元に行き、そのメモから得た情報をもとに食材の買い出しに行ったという[4]。