二宮康明

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二宮 康明(にのみや やすあき、1926年4月10日 - 2023年11月15日[1])は、日本紙飛行機の設計者、日本紙飛行機協会会長、日本インダストリアルデザイナー協会会員、工学博士、自家用飛行機操縦士ハードSF研究所客員研究員。

紙飛行機設計歴50年の世界的権威、設計したオリジナル機は、競技機から軽飛行機、プロフィール機まで2,600機を超え、素材にはだけでなくバルサ材やスチレンペーパーも使用して紙飛行機の可能性を追求している。1967年、第1回国際紙飛行機サンフランシスコ大会でグランプリを獲得。1985年シアトルでの第2回大会では元宇宙飛行士マイケル・コリンズらとともに審査委員を務めた。

1967年から、月刊『子供の科学』で紙飛行機の付録を連載。この連載は2016年に終了するまで、49年の長期連載となった。

略歴

  • 1926年(大正15年) 宮城県仙台市生まれ。
  • 1951年(昭和26年) 東北大学工学部(通信工学)卒業。
  • 1951年(昭和26年) 電気通信省入省(後の電電公社マイクロウエーブの研究に従事。電電公社時代は武蔵野電気通信研究所勤務。
  • 1967年(昭和42年) 機体と飛ばし方だけ書いて応募した第1回国際紙飛行機サンフランシスコ大会にて滞空競技、飛行時間で 1位となりグランプリ受賞。
  • 1967年(昭和42年)「子供の科学」にて紙飛行機連載開始。
  • 1970年(昭和45年) アメリカオハイオ州コロンバスで開かれた紙飛行機大会で、オリジナルデザイン賞受賞。
  • 1975年(昭和50年) 技術指導のため、2年間イランに滞在。
  • 1980年(昭和55年) AG社から「ホワイトウイングスシリーズ」発表。
  • 1984年(昭和59年) 通商産業省Gマーク商品(グッドデザイン賞の前身)審査委員就任。
  • 1984年(昭和59年) 日本紙飛行機協会設立、会長就任。電電公社を退職。
  • 1985年(昭和60年) 第2回国際紙飛行機大会(アメリカシアトル市)にて審査員を務める。
  • 1985年(昭和60年) 第1回JALカップ紙飛行機大会開催 競技委員長を務める(審査委員長は木村秀政)。
  • 1992年(平成4年) 「大空に舞う白い翼・紙飛行機写真展」開催(新宿)。
  • 1992年(平成4年) 文部省生涯学習の一環による紙飛行機大会指導(蔵王高原)。
  • 1993年(平成5年) 第1回ジャパンカップ全日本紙飛行機選手権大会開催(大会会長)。
  • 1999年(平成11年)「二宮康明のペーパーグライダー展」開催(銀座)。
  • 2000年(平成12年)「二宮康明のペーパーグライダー展」開催(所沢・千葉)。
  • 2001年(平成13年) 国際航空連盟(FAI)より「ポール・ティサンディエ・ディプロマ賞」受賞。
  • 2004年(平成16年) サントリー文化財団より地域文化賞受賞。
  • 2006年(平成18年) 80歳を記念して、夫人と共に「80+80二人展」開催(銀座)。
  • 2011年(平成23年) 第17回全日本紙飛行機選手権大会より「二宮康明杯」を冠して開催、大会会長を務める。
  • 2012年(平成24年) 第18回二宮康明杯・全日本紙飛行機選手権大会開催(大会会長)。
  • 2013年(平成25年) 第19回二宮康明杯・全日本紙飛行機選手権大会開催(大会会長)。
  • 2013年(平成25年) 第47回吉川英治文化賞受賞。
  • 2014年(平成26年) 第20回二宮康明杯・全日本紙飛行機選手権大会開催(大会会長)。
  • 2015年(平成27年) 第21回二宮康明杯・全日本紙飛行機選手権大会開催(大会会長)。
  • 2016年(平成28年) 第22回二宮康明杯・全日本紙飛行機選手権大会開催(大会会長)。 「子供の科学」の紙飛行機連載終了。
  • 2017年(平成29年) 仙台市科学館・「二宮康明氏紙飛行機コレクション」常設展示開始。
  • 2017年(平成29年) 第23回二宮康明杯・全日本紙飛行機選手権大会開催(大会会長)。
  • 2018年(平成30年) 仙台市・市政功労者表彰受彰。(紙飛行機分野における優れた研究活動と科学教育の推進に尽力し仙台市の教育の振興に寄与)
  • 2018年(平成30年) 第24回二宮康明杯・全日本紙飛行機選手権大会開催(大会会長)。
  • 2023年(令和5年)11月15日、老衰のため死去。97歳没。

著作

脚注

関連項目

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