二条弼基
日本の政治家 (1910-1985)
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経歴
東京府出身。男爵・二条正麿の三男として生まれ、二条家第28代当主・二条厚基の死後、相続争いが起こる中で、弼基の聡明さが認められて養子となる[2][1]。
1930年(昭和5年)9月1日、公爵を襲爵。1934年(昭和9年)、東北帝国大学理学部地質科を卒業し、さらに1937年(昭和12年)に同大学工学部電気科を卒業[3][4]。同年、逓信省電気試験所に入所し研究員となり、1939年(昭和14年)、逓信技師に任官[4][3]。
1940年(昭和15年)6月19日、満30歳に達し貴族院公爵議員に就任し[5]、火曜会に所属し1947年(昭和22年)5月2日の貴族院廃止まで在任した[3][4]。
戦後は、逓信省電気通信研究所無線器具課長、郵政省電波研究所次長、同省電波監理局監視長、同局次長などを歴任[4]。1962年(昭和37年)に退官して松下電器に入社し、技術本部研究調整部長、同本部研究所長、同研究所参与を務めた[4][6]。