五味岡たまき
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- 1985年7月26日に『夕やけニャンニャン』のオーディションに120点を獲得して会員番号22番の白石麻子と共に合格し、おニャン子クラブの会員番号21番となった。しかし、おニャン子クラブの初の単行本『ぜ~んぶおニャン子』の発売日であり、ファーストアルバム『KICK OFF』の発売前日にあたる9月20日で脱退[2]。理由は「おニャン子としての活動がつまらない」というものだった[3]。それ以降も番組のレギュラーであったとんねるずが何度か名前を出すことがあった。
- 1987年10月、雑誌『週刊プレイボーイ』のグラビアページに登場。同時期に始まったバラエティ番組『パオパオチャンネル』のレギュラーとなり、ウッチャンナンチャンらと共演。12月にはテレビドラマ『3年B組金八先生スペシャルPART6』に出演する。1988年には「チープにならないで」(キングレコード→BMGビクター)という楽曲でソロデビューする予定が雑誌等で告知されていたが、未発売に終わる[4]。
- 1990年にそれまで数度グラビアに登場していた雑誌『大海賊』が廃刊となり、以降は表立った活動状況が伝わらない状態となるが、2000年代に入り、その頃に結婚、出産をしているとネット上で伝えられるようになる。