1896年、和歌山県和歌山市に生まれる。1927年、京都帝国大学農学部農林化学科を卒業。理化学研究所を経て、1932年に京都高等蚕糸学校教授となり、1935年に京都帝国大学助教授、1940年に京都帝国大学教授となった。1957年、日本学術会議会員に選出[1]。1959年に京都大学を退官すると、1960年に東京農工大学長[2]、1966年に鳥取大学学長となった[3]。さらに東亜大学の設立に参画し、1974年に同大学長となった[4]。
1970年1月7日には、講書始の儀に招かれ農業化学に関する講義を行った[5]。