佐々木喬 From Wikipedia, the free encyclopedia 佐々木 喬(ささき たかし 1889年1月15日 - 1969年12月5日)は、日本の農学者。作物学、熱帯農学の権威。特にイネ科の穀物(禾穀類)の研究で名を残した。東京大学名誉教授。 1889年、旧鳥取藩士の子として生まれる。 1914年、東京帝国大学農科大学農学科卒業。大学院を経て1920年に東京帝国大学助教授、1925年に京都帝国大学教授、1929年に東京帝大教授に就任。1949年に退官後、鳥取大学学長を1953年まで務めた。この間、日本作物学会会長、熱帯農業学会会長、綜合農学研究会会長などを歴任した[1]。 1969年12月5日、東京都練馬区小竹町の住宅(後述)で老衰のため死去。80歳[2]。 所有した住宅 1934年、同潤会が東京都練馬区に建設した江古田分譲住宅を購入した[3]。当時の佐々木家は11人の大所帯であり、分譲と同時に離れを増築をしているが、その時代の様子が色濃く残る建築物として後世に受け継がれた。建物は復元された後、2010年に「旧同潤会江古田分譲住宅佐々木邸」として国の登録有形文化財に登録されており、孫にあたる能登路雅子が保存会の代表を務めている[4]。 著書 『日本食用作物』(地球出版 1948年) 『日本栽培汎論』(地球出版 1947年) 『農業経営の十二ケ月』(新農林新聞社出版部 1941年) 『学校農場管理法』(地人書館 1935年) 脚注 [脚注の使い方] ↑ “佐々木 喬”. 20世紀日本人名事典 日外アソシエーツ. 2021年4月28日閲覧。 ↑ 訃報欄 佐々木喬氏(元鳥取大学長、東大名誉教授)『朝日新聞』昭和44年(1969年)12月6日朝刊、12版、15面 ↑ “佐々木家住宅主屋 (ささきけじゅうたくしゅおく)”. 練馬区ホームページ (2017年3月28日). 2021年4月28日閲覧。 ↑ “昭和の暮らしが刻まれた「佐々木邸」~同潤会が造った貴重な分譲住宅~”. BS朝日 (2021年4月25日). 2021年4月28日閲覧。 表話編歴鳥取大学学長(1949年 - 1953年)鳥取農林専門学校校長(1949年 - 1952年) 佐々木喬 1949-1953 事務取扱 米原穣 1953 下田光造 1953-1957 事務取扱 松田清勝 1957 三浦百重 1957-1967 井上吉之 1967-1971 小島公平 1971-1975 綾部正大 1975-1983 高木篤 1983-1989 林真二 1989-1995 高橋和郎 1995-2001 道上正規 2001-2005 能勢隆之 2005-2013 豊島良太 2013-2019 中島廣光 2019-2025 原田省 2025- 前身諸学校・大学長 鳥取農林専門学校長 鳥取高等農業学校長 山田玄太郎 1921-1936 岡村精次 1936-1942 鳥取高等農林学校長 岡村精次 1942-1944 鳥取農林専門学校長 岡村精次 1944 角倉邦彦 1944-1949 佐々木喬 1949-1952 米子医学専門学校長 校長/事務取扱/校長 下田光造 1945/1945/1945-1951 米子医科大学長 下田光造 1948-1951 徳光美福 1951-1952 浅越嘉威 1952-1956 山崎三省 1956-1960 カテゴリ メディア 鳥取大学 鳥取大学 人物 典拠管理データベース 全般VIAF国立図書館日本学術データベースCiNii BooksCiNii Research Related Articles