井上園子
From Wikipedia, the free encyclopedia
1915年2月22日、東京にて生まれる。父は神田駿河台に1881年から続く井上眼科病院の第7代院長・井上達二。
6歳からカテリーナ・トドロヴィチにピアノを師事する[1][2]。入学した成蹊小学校では小林宗作に音楽を習う[3]。
1926年5月16日、東京でデビューする。この時、モーツァルトのピアノ協奏曲第23番イ長調Kv.488を演奏する。
1929年、ウィーンへピアニストとして留学する。翌年、ウィーン国立音楽院に入学。エミール・フォン・ザウアーのクラスで学び、パウル・ヴァインガルテンにもピアノを師事した[2]。
1933年、ウィーン国際音楽コンクール (Internationaler Wettbewerb für Gesang und Klavierspiel in Wien) の本選に出場する。結果的にディプロマを受賞する。これは国際コンクールでの日本人として初めての本選への出場であった。ウィーン国立音楽院を卒業し、9月18日に靖国丸で神戸港へ帰国する。
1948年に健康上の理由で演奏活動を停止[4]。1951年5月31日の名古屋市公会堂、6月3日の宝塚大劇場、6月4日の京都劇場のヨーゼフ・ローゼンシュトック指揮によるNHK交響楽団の演奏会で、ピョートル・チャイコフスキー作曲『ピアノ協奏曲第1番』を演奏した[5]。1986年1月19日に東京で逝去する。