井草川
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水源は杉並区上井草四丁目にある杉並区立切通し公園とされる。周辺は縄文時代の遺跡が多く、区の説明看板にもあるとおり、古来から人々が暮らしていた土地と見なされている。ここから東へ流れ、東京都立杉並工科高等学校敷地内、杉並区立三谷公園の敷地内、杉並区立三谷小学校の北側を経た後、徐々に北上を始める。
西武新宿線の上井草駅と井荻駅との間で一時的に北側へ抜けているため、西武新宿線はこの区間でこの川の橋梁を二つ有しているが、なぜか橋梁名は「妙正寺川橋梁…」となっているが、理由は下記による。 井荻駅の南側を経た後、今川方面からの支流が合流し、今度は徐々に南下を始める。杉並区立桃井第五小学校の東側、杉並区立中瀬中学校の西側を経て、清水二丁目にある杉並区立妙正寺公園内にて妙正寺川に合流する事になっている。しかし、現地の様子を観察に入ると、実際の形状は北側から東に向きを変える井草川の流路の右の壁面に、妙正寺池からの水が出て来るコンクリート管の直径80cm位の円形の出口が開き、そこから水が落ちている。所謂井草川が本流の形状になっており、妙正寺川が続いている様な形になっていて、地元では上流部分も含めて妙正寺川と呼ばれていた様である。
自然
歴史
橋梁
★印は跡地に銘板が残されている。
- 遅野井橋
橋名は上井草のかつての地名である。
- 道灌橋★
銘板ではなく「道灌橋之跡」と記された石碑が遊歩道内に設置されている。
- (名称不詳橋)
三谷小学校北門に通ずる。
- 三谷橋
- 上井草橋
北上することで西武新宿線上井草駅の西側に出ることが出来る。
- 今川橋
住居表示実施前は「今川町」町域の北辺に位置した。現町名の「今川」からは少し離れている。
- 瀬戸原上橋(眼鏡橋)★
晩年は「眼鏡橋」の呼称が親しまれていた。銘板は「瀬戸原上橋」名義。この橋を境に川の規模が異なっており、下より本流とする地図も少なくない。この川の写真資料である「井草川で遊ぶ子どもたち」はこの橋至近で撮られたものである。
- 瀬戸原橋★
かつては西武バスが瀬戸原橋停留所を設けていたが、現在では井草中学校停留所に改称。
- 瀬戸原中橋★
- 瀬戸原下橋
- 四の宮上橋
- 四の宮中橋★
銘板には「昭和三十年十一月」との記載もある。
- 四宮橋
至近に四宮森児童館や四宮森公園がある。
- 四の宮下橋
- (西武新宿線第6妙正寺川橋梁)
- 矢頭上橋★
- 矢頭橋★ - (八丁通り)
野草によって隠されているが銘板が存在する。
- 矢頭中橋★
当時の地図より、かなり末期に架けられた橋だと推察される。
- 矢頭下橋
- (西武新宿線第5妙正寺川橋梁)
- 柿木上橋
- 柿木橋
- (名称不詳橋)
連絡橋(と思われる橋)や支流の橋を除くと、唯一の名称不詳橋である。
- 駅前橋(神戸橋) - (環八通り)
橋名の通り目前に西武新宿線井荻駅が位置する。
- 神戸上橋
神戸橋より下流にあるが「上」と付く。
- 神戸中橋
- 中神橋★
銘板はひらがな表記。住居表示実施前にこの場所が「神戸町」と「中瀬町」との境目であったことに由来。
- 西山北橋
- 西山橋★
井草区民センター脇に橋跡がある。「西山」という名はこの地が鷺宮方面から見て西側の林であったことから名付けられている。
- 学校西橋★
以下下流まで「学校五橋」と呼ばれる橋群が続く。1934年にこの付近で「桃井第五小学校」が開校したことを記念して名付けられた。
- 学校北橋
- 学校東橋
- 學校前橋★
- 学校南橋
学校五橋のうち最下流に存在する橋。他の四橋のよりも桃井第五小学校から離れている。
- 中瀬上橋
- 中瀬北橋★
- 中瀬小橋★
- 中瀨橋★ - (早稲田通り)
- 天祖橋
橋名は付近の「中瀬天祖神社」によると思われる。
支流の橋名は不明である。



