京都ポルタ

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京都ポルタは、京都府京都市下京区に所在する京都駅直結の地下街[1][3]京都で初めての本格的な地下街である[3][2]1980年昭和55年)11月27日に「京都駅前地下街ポルタ」として開業した[2]。2023年3月1日に、京都駅ビル専門店街 ザ・キューブと統合し「京都ポルタ」に改称された[4]

所在地 600-8216
京都府京都市下京区烏丸通塩小路下る東塩小路町902番地[1]
開業日 1980年11月27日[1][2]
正式名称 京都ポルタ[3]
施設管理者 JR西日本京都SC開発株式会社[1][2]
概要 京都ポルタ Kyoto Porta, 店舗概要 ...
京都ポルタ
Kyoto Porta
京都ポルタ「ポルタプラザ」
店舗概要
所在地 600-8216
京都府京都市下京区烏丸通塩小路下る東塩小路町902番地[1]
開業日 1980年11月27日[1][2]
正式名称 京都ポルタ[3]
施設管理者 JR西日本京都SC開発株式会社[1][2]
延床面積 24,339 m²
商業施設面積 10,310 m²
店舗数 122店
駐車台数 0台
最寄駅 京都駅JR西日本JR東海近畿日本鉄道京都市営地下鉄
外部リンク http://www.porta.co.jp/
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本社所在地 日本の旗 日本
600-8212
京都府京都市下京区烏丸通塩小路下る東塩小路町902番地[1]
設立 1977年4月11日[1]
概要 種類, 本社所在地 ...
JR西日本京都SC開発株式会社
JR WEST JAPAN KYOTO SHOPPING CENTER DEVELOPMENT COMPANY
種類 株式会社
本社所在地 日本の旗 日本
600-8212
京都府京都市下京区烏丸通塩小路下る東塩小路町902番地[1]
設立 1977年4月11日[1]
業種 不動産業
法人番号 5130001019443 ウィキデータを編集
事業内容 建築物及び店舗等の建設並びに管理 他
代表者 代表取締役 森本卓壽[1]
資本金 10億円[1]
所有者 西日本旅客鉄道
主要株主 JR西日本SC開発
外部リンク https://www.porta.co.jp/company
特記事項:事務所を京都駅前地下街ポルタ内に置く[1]
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JR西日本グループのJR西日本京都SC開発株式会社[5][6]が管理・運営を行っている。

概要

京都Porta
Porta Dining

関西でも有数のターミナル京都駅の北側(烏丸口)地下にある。また、百貨店JR京都伊勢丹とも接続している。

京都市営地下鉄烏丸線改札口を挟み、ポルタ各店舗はその東西両方向に広がっている。また烏丸口バスターミナルの直下にあるため、ポルタには各バスのりばに直結する階段が多数存在する。

2014年3月20日に新装開業した大規模な改装では[7][8]、従来あった男性向けの衣料品店をなくして代わりに20代後半から30代前半の女性を対象とした衣料・雑貨に特化した店舗構成に変更されると共に[9]、女性専用トイレを設置した[8]。この他、京都駅前という立地から観光客向け土産店なども多い[3]

1997年に開業した京都駅ビルにも「京都駅ビル専門店街 ザ・キューブ (The CUBE)」があり、地下2階は連絡通路により接続していた。2023年2月1日に両施設が統合され、ザ・キューブ地下2階は「南エリア」へ、11階グルメ街は「ポルタスカイダイニング」へそれぞれ改称された[4]

所在地

名称の由来

施設名「ポルタ」は『京都新聞』紙上で1か月間の公募を行った上で、約5,700通の応募から決定された[2]イタリア語で「門・入口・玄関・扉」を意味するポルタ(porta) [注釈 1]に由来する。国際的観光文化都市・京都の玄関口となる京都駅にふさわしい施設として命名された[2]

なお、同時期の1980年11月7日(20日前)に横浜駅東口にも地下街「横浜ポルタ[3]が開業したが[2]、施設名の由来は同一である(横浜駅東口再開発により「横浜の玄関口」として命名された)[2]。ほぼ同時に開業した2つの地下街が同名になったのは全くの偶然である[2]

建設の経緯

1960年代後半から1970年代にかけてのモータリゼーションの進展により、歴史的街並みを重んじてきた京都市内にもマイカーが増え、交通戦争と呼ばれる状況に陥っていた[2]。当時の自動車中心社会と路面電車廃止政策により1978年9月30日には京都市電が廃止されている[2]。世界的な観光都市でありながら空港港湾を持たない京都市では、唯一にして最大の「玄関口」となる京都駅に国鉄をはじめとする公共交通機関が集中し、京都駅前では増加した自動車と歩行者の交通が錯綜するようになり、駅前広場の機能は低下していた[2]

また当時は、京都駅前の大規模商業施設も、地元の老舗百貨店であった「丸物」本店(のち京都近鉄百貨店→プラッツ近鉄、現:京都ヨドバシ)、駅構内の「京都駅観光デパート」(現:京都駅ビル専門店街 ザ・キューブ)くらいしかなく[2]四条河原町などの中心市街地から離れているため駅前の一等地でありながら商業地としての求心力を欠いていた[2]。特に丸物は多店舗展開の失敗に加え、こうした周辺整備の遅れから大丸髙島屋に比べて本店の業績が伸び悩み、1966年(昭和41年)に近畿日本鉄道の出資を受けるに至った[10]

こうした問題を解決すべく、京都市営地下鉄烏丸線の開業に合わせて駅前広場を整備し、その一環として歩車分離を可能とする地下街を建設することとなった。丸物本店長や京都近鉄百貨店[注釈 2]社長を務めた橋本達吉が国鉄本社や監督省庁と折衝を行った。結果、国鉄(現・JR西日本)主導型となるなど目論見とはややずれた形ではあったが[10]、1980年11月27日に地下街「ポルタ」が開業した。続いて、翌1981年5月29日に市営地下鉄烏丸線が開通、市営地下鉄京都駅が開業している。

沿革

交通

脚注

関連項目

外部リンク

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