京都祇園軽ワゴン車暴走事故
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| 京都祇園軽ワゴン車暴走事故 | |
|---|---|
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暴走車が激突して停止した電柱と犠牲者への花束 | |
| 場所 |
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| 座標 | 北緯35度0分20.0秒 東経135度46分22.6秒 / 北緯35.005556度 東経135.772944度座標: 北緯35度0分20.0秒 東経135度46分22.6秒 / 北緯35.005556度 東経135.772944度 |
| 日付 |
2012年(平成24年)4月12日 13時過ぎ(JST) |
| 原因 | てんかん発作による意識喪失 |
| 死亡者 | 8名(容疑者含む) |
| 負傷者 | 12名 |
| 損害 |
被疑車両が電柱に衝突し大破、数台の車両に接触 被疑者の雇用企業の破産 |
| 犯人 | 当時30歳の男 |
| 容疑 | 自動車運転過失致死罪 |
| 対処 |
自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律(自動車運転死傷行為処罰法)が施行 大和大路通での道路改修 |
| 刑事訴訟 | 被疑者死亡により不起訴 |
| 民事訴訟 | 後述 |


京都祇園軽ワゴン車暴走事故(きょうとぎおん けいワゴンしゃぼうそうじこ)とは、2012年(平成24年)4月12日に京都府京都市東山区祇園で、軽ワゴン車(ホンダ・バモスホビオ[1])を運転していた運転手の男性が、運転中に暴走事故を起こし、運転者を含む8名が死亡、12人が重軽傷を負った交通事故。
事故までの経緯
運転手は2003年にバイクで単独交通事故を起こし脳挫傷を受傷した。その後遺症としててんかん発作が起こるようになったが、病状を申告せずに運転免許を更新していた[3][4]。運転手は2012年になって2度意識消失発作を起こしており、家族と医師は運転をしないように忠告していた。
事故発生
第1現場
事故は京阪電鉄祇園四条駅の東側に位置する大和大路通の亀井町付近で起きた。軽ワゴン車は大和大路通を南側から四条通に向かって走行していたが、四条通交差点手前で前を走っていたタクシーに右後方から追突した。追突されたタクシーは、その衝撃で速度が時速21kmから時速29kmに増したが、左側に寄せて停車した。軽ワゴン車は一旦停車してバックしたものの、停車したタクシーの横をゆっくりとすり抜け、タクシー運転手の制止を無視してそのまま走り去った。
第2現場(交差点)
軽ワゴン車は追突したタクシーの横をすり抜けてから25m程走行したのちに急に速度を上げた。タクシーに追突した地点から150m程走行し、信号待ちの車列を右側から追い越して赤信号になった四条通の交差点に突入した。当時は桜が満開の週末の昼時とあって、歩道には50人ほどの歩行者がおり、青信号に変わった横断歩道を歩行者が渡っているところに軽ワゴン車が突っ込んだ形となった。交差点の南側で10人、北側で4人を死傷させたとされる。
軽ワゴン車は全くブレーキをかけず、歩行者を跳ね飛ばしながら四条通の交差点を通過し、大和大路交番前を過ぎてさらに北上した。交差点の通過速度は時速50kmとされ、市バスと衝突寸前のところで回避している。
第3現場
軽ワゴン車はそのまま猛スピードで交差点から190mほど走行し、途中で通行人2人に接触し負傷させた。
弁財天町に入ったあたりで、軽ワゴン車は道路の左側に停車していたトラックを避けようとして右側の電柱に激突[5]。この際にも通行人1人が巻き込まれ死亡した。交差点から電柱までには10台の車両がいたが、うち4台の車両に軽く接触した。途中で接触したタクシー(第1現場のものとは別)のドライブレコーダーには、接触現場から電柱までの40mを3秒で走り抜ける軽ワゴン車が写っており、警察は電柱衝突時の速度を時速70kmと推定した。
事故原因
本件に関して、単純なてんかん発作による意識消失を原因とするには、最初のタクシーとの追突から電柱に衝突するまでは360mの距離があり[6]、道幅も非常に狭い上に通行中の車両(人力車を含め14台以上)には軽い接触をしたのみで走り抜けているなど、不可解な点が見られた。このため、警察当局も当初運転手がタクシーに追突した後に逃走を図った末の重大事故の可能性を疑っていた[7]。
しかし最終的に京都府警は、最初のタクシーとの衝突によって精神的に動転し、大和大路通を逃走中にてんかん発作が起き、暴走に至ったと判断し、運転手を被疑者死亡のまま検察へ書類送致した[8]。
なおこの事故の3日前に鹿沼市クレーン車暴走事故の遺族が危険運転致死傷罪の改正の署名を法務省に提出しており、その矢先に発生した事故であった。
裁判
刑事裁判
2013年8月8日、京都地方検察庁は運転手を被疑者死亡により不起訴とし、運転手の勤務先の社長も運転手の持病を認識していなかったため不起訴処分とする方針を固めた[9]。
民事裁判
被害者遺族らによって、運転手の遺族および雇用者だった企業に対して慰謝料などを求める損害賠償請求訴訟が提起された[10]。原告は、運転手の遺族に対しては「男性の損害賠償義務を相続している」とし、雇用者だった企業に対しては事故車両の所有者であり運転手の雇用主であるので、「自動車損害賠償保障法などに基づく使用者責任が生じる」とした[10]。2014年2月4日、京都地方裁判所は「元従業員に過失があり、会社と家族が賠償責任を負うことに争いがない」として、運転手の家族と勤務先会社に対し、逸失利益約2,100万円や慰謝料2,700万円などを含む総額5,200万円の支払いを命じた[11][12]。2015年10月には、4,600万円の支払いを求める別の訴訟が起こされた[12]。
2016年1月、被疑者の雇用元だった企業は信用不安による経営悪化に陥ったとされ[12][13]、5億7,000万円の負債を抱えて自己破産する方針となった[13]。
道路改修
事故を受けて、現場となった大和大路通では道路改修が行われた[14]。自動車の制限速度を40kmから30kmに引き下げるとともに、横断歩道が新設された[14]。また、歩行者防護のために車止めが設置されたほか、通行帯を明確にするラインも引かれ[14]、車道の幅は4mから3mに縮小された[14]。
工事は地元住民らの陳情によって京都府が計画し、2012年11月より実施された[14]。工事の対象は事故現場だけでなく、四条通から若松通までの北側約470mの区間に及び[14]、観光客が多い白川南通周辺でも同様の工事が実施された。
事故現場のひとつとなった大和大路四条交差点の北側には、長さ4mと6mの防護柵が設置された[14]。