人形嫌い
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キャスト
製作
企画は宝映企画社長・香山新二郎[4]。製作費1億円[4]。田中晶子が高校3年の時に書いた「日本シナリオ作家協会」主催第29回新人映画シナリオコンクール入選作の映画化[2]。田中はその後、『なんとなく、クリスタル』『マノン』『ダイアモンドは傷つかない』などの脚色を担当し売り出し中のシナリオライターだった[3]。監督は当初、横山博人が決まっていたが[4]、三原主演のテレビドラマ『GOGO! チアガール』を演出した日高武治に変更になった[4]。これは三原からの要請といわれる[4]。日高はフリーの助監督として、中川信夫ら多数の監督作品に助監督として就いた後、1969年に東宝と監督契約を交わし、『サインはV』など、多くのテレビドラマの演出を手掛け、本作が初監督作[5]。撮影当時は45歳だった[4]。この後は再びドラマ演出に戻り、『積木くずし 〜親と子の200日戦争〜』のメイン演出等を務めた[2][5]。
三原順子(三原じゅん子)は、1980年の『父よ母よ!』、この年2月公開の『あゝ野麦峠 新緑篇』に続いて[2]、初の単独主演作品となった[2][3]。三原はTBSのテレビドラマ『3年B組金八先生』でブレイクし、「ツッパリ三原順子」が代名詞のようになり[3][2]、役柄もそのイメージの役が続いたが[3]、本作のシナリオを読み、「どうしても"もえ"をやりたい。女の子なら誰でも、一度は経験する時代。"もえ"は私に似ている」などと話し[2]、ツッパリ返上の感受性豊かな女子高校生役を志願して演じた[2]。三原は原作シナリオの主人公と同じ17歳だった[2]。