あゝ野麦峠 新緑篇

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あゝ野麦峠 新緑篇』(ああのむぎとうげ しんりょくへん)は、1982年製作の日本映画。前作『あゝ野麦峠』の興行的成功を受けての続編。製作は新日本映画から東宝映画[1]に変わった。興行成績は前作に遠く及ばなかった。

上映データ

公開日
上映時間
1982年(昭和57年)2月16日日本136分
サイズカラービスタビジョン

キャスト

スタッフ

製作

前作の予想外の大当たりで、新日本映画の当時の社長であった持丸寛二も、続編もやろうではないかと乗り気で、製作を正式に決定し[2]、公表はされなかったが、内々で準備を進め、山本薩夫監督にも声をかけ、キャスティング等、ある程度進んでいた[2]

内容は前作が明治時代末期だったのに対して、続編は大正末期から昭和初期にかけて信州岡谷で起きた「山一争議」を中心に進めようとしていた[2]。山本監督も「女工哀史」を1本の映画で描くのは難しいと話していたことから、続編の製作は必然的であった[2]

ところが製作決定から2ヵ月経ったところで持丸が急に製作をストップさせ、中止を正式に決定した[2]。その理由をはっきりとは公表されなかったが、内部情報によれば、持丸が「興味がなくなった」と言っていたといわれる[2]。曰く因縁のあった幻の企画を実現させたエネルギーはもうなく、「商売にならない」と踏んだのではと映画関係者は見ていた[2]。東宝映画としても自社向きの映画で、渡りに船とばかり、製作も担当することになり、東宝の番線映画となった[2]

製作決定時に「前作より女優陣をガラリと変え、舞台を明治から昭和初期へ移し、"女の自立の映画"になる予定」と公表された[3]。製作会社は変ったが、前述のように当初から予定していた「山一争議」を扱う内容になった[2]。新日本映画は代わりに『南十字星』を製作している[2]

塚本トシ役の石田えりは前作『遠雷』で大胆に脱ぎ、本作でも再びヌードを披露した[4]。『遠雷』は日活スタッフによる撮影だったため、ヌードには手慣れていたが、本作のスタッフはヌードに縁の薄いスタッフで、助監督も冷や汗をかいて目のやり場に困っていたという[4]

盆踊りのシーンで櫓の上で太鼓を叩いているのは、当時、佐藤勝の音楽に打楽器奏者として参加していた秋山気清(2002年 - 2023年NHKのど自慢の鐘奏者)である。画面では秋山の背中がアップになっている[5]

ビデオソフト化・テレビ放送

脚注

外部リンク

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