仏海の遺体は信徒の手により、特別な棺と石室におさめられた。彼は、3年後、即身仏として自らの遺体を掘り出すよう遺言をのこしていたものの、刑法により墓の発掘は禁じられていたため、これは能わなかった。しかし、昭和36年(1961年)7月18日から19日にかけて、日本ミイラ研究グループによる発掘調査がおこなわれた。長く土中にあったために、ほとんどの部分は白骨化していたものの、背中・脚・腕などはミイラ化していた[3]。仏海の墓は、入定塚の構造を理解する上で、貴重な資料となった[1]。即身仏となった仏海は観音寺の仏堂に安置されており、誰でも参拝可能である[4]。