仙台市交通局モハ1形電車
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| 仙台市電気部電車課モハ1形電車 仙台市交通局モハ1形電車 | |
|---|---|
|
仙台市電保存館で静態保存されているモハ1形(2008年撮影) | |
| 基本情報 | |
| 運用者 | 仙台市電気部電車課→仙台市電気水道局電車事業所→仙台市電気水道局事業部電車課→仙台市電気水道局事業部交通課電車事業所→仙台市交通局 |
| 製造所 | 川崎造船所 |
| 製造年 | 1926年 - 1928年 |
| 製造数 | 30両(1 - 30) |
| 廃車 | 1965年 |
| 投入先 | 仙台市電 |
| 主要諸元 | |
| 編成 | 2軸車(単車) |
| 軌間 | 1,067mm |
| 電気方式 |
直流600 V (架空電車線方式) |
| 起動加速度 | 1.6 km/h/s |
| 減速度(常用) | 1.6 km/h/s |
| 車両定員 | 40人(着席10人) |
| 車両重量 | 7.63 t |
| 全長 | 7,924 mm |
| 車体長 | 7,626 mm |
| 全幅 | 2,170 mm |
| 全高 | 3,660 mm |
| 車体高 | 3,162 mm |
| 床面高さ | 800 mm |
| 車体 | 木製 |
| 台車 | B-21E |
| 車輪径 | 762 mm |
| 固定軸距 | 2,134 mm |
| 主電動機出力 | 18.7 kw |
| 駆動方式 | 吊り掛け駆動方式 |
| 歯車比 | 6.00(78:13) |
| 出力 | 37.4 kw |
| 定格速度 | 28.7 km/h |
| 制御方式 | 直接制御 |
| 制動装置 | 手ブレーキ、発電ブレーキ |
| 備考 | 主要数値は[1][2][3][4]に基づく。 |
モハ1形(モハ1がた)は、かつて仙台市(仙台市電気部電車課、現:仙台市交通局)が運営していた路面電車・仙台市電用の電車。仙台市電開通時に導入された車両である[1][2][3][5][4]。
仙台市電は、かつて宮城県仙台市に存在した公営の路面電車である。仙台市電気部電車課によって1926年11月25日から営業運転を開始したが、その際に導入された最初の車両がモハ1形だった。木製車体を有する2軸車で屋根は2重屋根構造になっており、車内の座席配置は全席ロングシートであった[1][2][5][4]。
製造は3次に渡って行われ、1926年の開業時に10両(1 - 10)が導入された後、翌1927年に13両(11 - 23)、1928年に7両(24 - 30)が増備され、同年の延伸に備えた。これらの車両は全て川崎造船所で製造されたが、以下のように細部が異なっていた。車両の製造価格は当時の金額で9,450円だった[2][5][4]。
| 車両番号 | 製造年 | 側窓の曲線(R) | 側窓の形状 |
|---|---|---|---|
| 1-10 | 1926 | 有 | 二段式 (上段固定、下段降下) |
| 11-23 | 1927 | 無 | |
| 24-30 | 1928 | 一段降下式 | |
以降は仙台市電の主力車両として各系統で使用され、第二次世界大戦終戦直後は資材不足から窓ガラスの代わりにベニヤ板を張った車両も存在した。だが、1948年に初のボギー車となるモハ80形(→モハ100形)が導入されて以降は置き換えが検討されるようになり、1955年には24 - 30のうち4両の車体を用いた2車体連接車のモハ300形の製造も実施された。製造当初の集電装置はポールだったが、後にビューゲルへの換装が行われた[2][6][7][8]。
以降も残存車両のほとんどが仙台市電で使用されていたが[注釈 1]、1964年6月に1両(16)が貸切バスと衝突事故を起こし、死傷者が出る事態となった。その結果木製車体の危険性が指摘された事でモハ1形は各都市から譲渡されたボギー車へ置き換えられる形で急速に廃車が進み、1965年までに形式消滅した[2][9][10]。