仮名草子
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中世文学と仮名草子の違いのひとつに出版がある[4]。中世文学の複製方法が写本であったのに比べ、近世には仮名草子のような俗文芸も活字印刷や木版印刷で出版されるようになり、従来の貴族向けの出版から、不特定多数の読者(一般庶民)に向けた商業出版への転換をもたらした[2]。
作者の多くは当時の知識人層であり、浅井了意、鈴木正三、烏丸光広らが知られている[1]。また、斎藤親盛や江島為信など、教養のある浪人が一時の糊口をしのぐために書いた作品が多い[5][6]。出版元はほとんどが京都の本屋であり、一部の作品は江戸で改版されて出版された[2]。
明暦年間(1655年~)から寛文年間(1661年-1672年)にかけてが仮名草子の最盛期と言われる[7]。説話からハナシへと文学の流行が移行していくにつれ、教説性の強い仮名草子は下火となった[8]。