伊勢貞良 From Wikipedia, the free encyclopedia 時代 戦国時代生誕 不詳死没 永禄5年9月11日(1562年10月8日)改名 小法師、十郎 凡例伊勢貞良時代 戦国時代生誕 不詳死没 永禄5年9月11日(1562年10月8日)改名 小法師、十郎戒名 紹良賢叟建光院官位 兵庫頭幕府 室町幕府主君 義輝氏族 伊勢氏父母 父:伊勢貞孝妻 斎藤道三の娘子 貞為、貞興、女(池田元助室)テンプレートを表示 伊勢 貞良(いせ さだよし)は、戦国時代の武将。室町幕府の幕臣。 伊勢氏は代々、室町幕府の政所執事を務め、幕府の財政管理と訴訟を担う家系であった。 しかし、永禄5年(1562年)3月に六角義賢が京都に侵攻した時に(将軍地蔵山の戦い)、父の貞孝はそのまま政務を行ったことが足利義輝と三好長慶の怒りを買い、6月に義輝・長慶が京都を奪回すると貞孝は更迭された。貞孝は京都船岡山で挙兵したが敗れ、同年9月11日、貞良は父の貞孝と共に戦死した[1]。 貞良の子の貞為、貞興は幼年であったため家臣と共に若狭武田氏を頼り小浜城に逃れた[1]。 脚注 1 2 堀田 1923, p. 660. 参考文献 堀田正敦『国立国会図書館デジタルコレクション 寛政重脩諸家譜 第3輯』國民圖書、1923年、660頁。https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1082714/339 国立国会図書館デジタルコレクション。 関連項目 蜷川氏 多羅尾氏 六角氏 Related Articles