伊良湖町
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字一覧
旧渥美町南西端部に位置する[1]。東は亀山町、西は伊良湖水道、北は中山町に接する[1]。施設園芸を営む農家が多い地域[1]。また、集落は伊良湖港より約1.5キロメートルの位置にあり、1905年(明治38年)陸軍試砲場(伊良湖試験場)用地となった際に移転を余儀なくされたものである[1]。伊良湖港の周辺には観光施設が集まる[1]。
- 赤土(あかつち)[WEB 5]
- 池下(いけした)[WEB 5]
- 大草(おおくさ)[WEB 5]
- 瓦場(かわらば)[WEB 5]
- 恋路浦(こいじがうら)[WEB 5]
- 耕田(こうだ)[WEB 5]
- 古婦(こぶ)[WEB 5]
- 古婦下(こぶした)[WEB 5]
- 小薮(こやぶ)[WEB 5]
- 小薮下(こやぶした)[WEB 5]
- 古山(こやま)[WEB 5]
- 白川(しらかわ)[WEB 5]
- 新瓦場(しんかわらば)[WEB 5]
- 新田(しんでん)[WEB 5]
- 拾歩(じゅうぶ)[WEB 5]
- 飛越(とびこし)[WEB 5]
- 長池(ながいけ)[WEB 5]
- 長切(ながきり)[WEB 5]
- 乗越(のりこえ)[WEB 5]
- 萩山(はぎやま)[WEB 5]
- 初立(はつたち)[WEB 5]
- 深田(ふかだ)[WEB 5]
- 深田下(ふかだした)[WEB 5]
- 吹埋(ふきうめ)[WEB 5]
- 松葉田(まつばだ)[WEB 5]
- 丸山(まるやま)[WEB 5]
- 宮下(みやした)[WEB 5]
- 渡川(わたりがわ)[WEB 5]
歴史
沿革
- 奈良時代 - 三河国渥美郡の伊良虞として万葉集などに記述がみられる[2]。
- 鎌倉時代〜戦国時代 - 伊良湖御厨が当地に所在したとされる[2]。
- 江戸時代初期 - 幕府領の伊良湖村として所在[3]。
- 寛永10年 - 志摩国鳥羽藩領に転じる[3]。
- 享保11年 - 再び幕府領となる[3]。
- 安永元年 - 遠江国相良藩領となる[3]。
- 天明2年 - 上総国大多喜藩領となる[3]。
- 天明5年 - 再び幕府領となる[3]。
- 1889年(明治22年) - 合併に伴い、伊良湖村大字伊良湖となる[3]。
- 1905年(明治38年) - 陸軍試砲場用地拡大に際し、当地に所在した114戸が集団移転する[3]。
- 1906年(明治39年) - 合併に伴い、伊良湖岬村大字伊良湖となる[3]。
- 1929年(昭和4年) - 伊良湖岬灯台が建設される[3]。
- 1948年(昭和23年) - 伊良湖港の建設が開始される[3]。
- 1955年(昭和30年) - 合併に伴い、渥美町大字伊良湖となる[3]。
- 1964年(昭和39年) - 伊良湖港が完成する[3]。
- 2005年(平成17年)10月1日 - 合併に伴い、田原市伊良湖町となる。
世帯数と人口
学区
市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[WEB 8]。また、公立高等学校に通う場合の学区は以下の通りとなる[WEB 9]。
| 番・番地等 | 小学校 | 中学校 | 高等学校 |
|---|---|---|---|
| 全域 | 田原市立伊良湖岬小学校 | 田原市立福江中学校 | 三河学区 |