伊藤忠商事東京本社ビル
From Wikipedia, the free encyclopedia
| 伊藤忠商事東京本社ビル | |
|---|---|
|
| |
| 情報 | |
| 用途 | オフィス |
| 設計者 | 日建設計 |
| 施工 | 間組 |
| 建築主 | 青山地所株式会社 |
| 構造形式 | 鉄骨構造、鉄骨鉄筋コンクリート構造、鉄筋コンクリート構造 |
| 敷地面積 | 19,480 m² |
| 建築面積 | 7,550 m² |
| 延床面積 | 112,860 m² |
| 階数 | 地下4階、地上22階、塔屋1階 |
| 着工 | 1978年3月 |
| 竣工 | 1980年11月4日 |
| 開館開所 | 1980年11月25日 |
| 所在地 |
〒107-0061 東京都港区北青山2-5-1 |
| 座標 | 北緯35度40分17.73秒 東経139度43分9.49秒 / 北緯35.6715917度 東経139.7193028度座標: 北緯35度40分17.73秒 東経139度43分9.49秒 / 北緯35.6715917度 東経139.7193028度 |
伊藤忠商事東京本社ビル(いとうちゅうしょうじとうきょうほんしゃビル)は、東京都港区北青山二丁目に所在する高層ビルである。総合商社大手の伊藤忠商事が本社を置く。
1858年に大阪で創業した伊藤忠商事は、1967年から大阪と東京の二本社制を敷き、1970年代には大阪本社の機能の多くは東京本社に移管された。東京都中央区日本橋本町二丁目にあった東京本社の社屋は手狭になり、新社屋の建設が計画された。いくつかの候補地の中から、青山地区が選定された。理由として、東京オリンピック関連の都市整備による青山通りの拡幅で、新たなオフィス街となることが期待される点、地盤が強固で明治神宮外苑など緑地が近く、大規模災害時に社員の安全を確保しやすい点があった[1]。新社屋の設計は日建設計が担当することとなり、間組が所有する既存のハザマビル(のちに解体され、現在は青山OMスクエア)や中小の商店、民家などを再開発することとなる[2]。1978年に建設準備に入り、直ちに本体工事に着手した。これ以前に建設された霞が関ビルディングやサンシャイン60では強いビル風が問題となり、風洞実験に基づいて棟を雁行配置とした(カルマン渦対策)。この形状には日照への配慮も含まれている。基礎工事で発生する15万m3の残土の搬出において、車両運行管理には細心の注意がはらわれた。当初は大型タワークレーン2基で施工する計画であったが、資材運搬と施工を同時にこなすため中型タワークレーン4基に変更。これにより作業の迅速化・効率化に貢献した。秩父宮ラグビー場が真裏にあり、工事用のホイッスルを吹くと選手が混乱するため、試合中はホイッスルの使用を控えるというこの土地特有の配慮もなされた。こうして、1980年11月4日に竣工式を挙行した[3]。
