1924年岩手県生まれ。1947年慶應義塾大学文学部史学科を卒業。同大学大学院に進学し、1959年に博士課程を満期退学した。
1962年、母校の慶應義塾大学文学部専任講師となり、後に助教授、1970年より教授。1984年からは同大学言語文化研究所所長も務めた。1991年、学位論文『東アジア民間説話の比較研究』を慶應義塾大学に提出し、文学博士号を取得[2]。1988年に慶應義塾大学を定年退任し、名誉教授となった。その後は杏林大学外語学部教授として教鞭をとり、学部長もつとめた。また、中国雲南大学名誉教授。
2007年6月16日、骨髄異形成症候群のため東京都港区の病院で死去、83歳没[1]。