伊藤豪
日本の俳優
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経歴・人物
父は養蚕教師として郡是製糸に在籍し、戦時中は軍属としてインドネシアに派遣され、戦後は埼玉県にある郡是製糸株式会社の原料部に配属されていた。
本人は山形の母の実家で小学低学年時代を過ごしたが三年になる頃天童市(旧天童町)久野本に移住した。その後父の会社のある埼玉県鴻巣市に移住し、鴻巣中学校を卒業後東京電機大学高等学校に進む。
高等学校は電機大学への一過程でもあったが普通科が存在しており、そこに在籍した。他の科との違いは大学への進学科として、高校時代に文科系の内容を一通り習得する目的があったように思われる。その過程の中で、学園祭で行われた演劇作品に参加したのが契機となり、理系から文系に舵を切り替えることになった。
早稲田大学文学部で演劇を学び劇団民藝の俳優教室に入所し、研究生を経て劇団員として様々な作品に出演した。1973年劇団民藝を退団。東京俳優生活協同組合に所属[2]。
有吉佐和子訳「ケイトンズヴィル事件の九人」を上演・出演する。参加者に宇野重吉、滝沢修、芦田伸介、中村吉右衛門 (2代目)、緒形拳、杉村春子等が集まり話題になる。
その後演劇集団友、劇団鬼の演などを結成し、2001年、三園ゆう子、吉野晴雄等と共に六本木に劇団アドックを設立。赤坂に移転し今日に至る。主に麻布区民センターホールを利用する麻布演劇市に所属し、脚本、演出、出演を担当している。この間NHKや民放のドラマやショー番組に出演、コマーシャルでは通販のはしりといわれた日本文化センターテレフォンショッピングキャスターとして出演。2017年に至るまで継続出演している。司会者としては3千組を越える婚礼司会をホテルオークラ、フォーシーズンズホテルで行っている。現在、港区のふれあい会館で朗読や語りの「表現講座」を実施している。
港区老人クラブ連合会、港区シルバー人材センターに所属し、港区内での文化芸術振興の一環として、「みなと演劇会議」結成と「国際演劇祭inみなと」2025年開催に向けての委員会結成を準備中。