伊賀章

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死没 2017年(68歳没)
国籍 日本の旗 日本
いが あきら

伊賀 章
生誕 1949年1月5日
日本の旗 日本岡山県上房郡有漢町
(現・高梁市
死没 2017年(68歳没)
国籍 日本の旗 日本
出身校 関西大学工学部
職業 研究者実業家
著名な実績 バースト誤り検出訂正の開発
FeliCaの発明・開発
肩書き ソニー情報技術研究所長
ソニー常務執行役員
受賞 第4回日本イノベーター大賞
日本経済団体連合会会長発明賞
文部科学大臣賞(2011)
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伊賀 章(いが あきら、1949年昭和24年)1月5日[1]- 2017年平成29年))は、研究者実業家である。ソニー入社後、非接触カード(FeliCa)フェリカを開発した。FeliCaは、iD決済やSuicaPASMO等の交通系決済へ多く採用されている[2]。入退場管理や公共交通機関のチケットをICカード化しデジタル化した。岡山県高梁市出身の技術者[3]

生い立ち

1949年(昭和24年)岡山県上房郡有漢町(現:高梁市)で出生する。1964年(昭和39年)に地元の岡山県立高梁高等学校へ入学する[4]。同期には、東芝副社長を務めた田井一郎岡山大学医学部教授になる三村哲重がいる[5]。卒業後、1967年(昭和42年)関西大学工学部に入学し[6]、1971年(昭和46年)同大学電子工学科を卒業[7]、すぐに北辰電機製作所(現:横河電機)へ入社する[1]。同社で2年間働いた後、1973年(昭和48年)にソニーに入社する[1]

ソニーの研究者として

伊賀は研究部署に配属され、ここで非接触カード(FeliCa)を発明し、開発を主導した[8][9]。現在でも、FeliCaシステムは、iD決済やSuicaPASMO等の交通系決済へ多く採用されている[2]。世界で初めて入退場管理や公共交通機関のチケットをICカード化し、世の中のデジタル化に貢献した。また、電力を無線通信により供給する基本特許を取得、0.2秒以内に処理する仕組みを完成させている[3]。この功績により、1996年、ソニーのカードシステム事業室部長となり、2000年にはコーポレート・リサーチ・フェロー、2002年ユビキタス技術研究所長となった[3]

東日本旅客鉄道(JR東日本)の「Suica」(スイカ)や ビットワレットの「Edy」(エディ)、NTTドコモKDDIの決済機能つき携帯電話は、 いずれも基幹技術としてフェリカを採用している。

2003年には、コーポレート・リサーチ・フェロー、ユビキタス技術研究所長を兼務しながらソニーの業務執行役員常務となり、2005年には、スタジオジブリ鈴木敏夫カーボンナノチューブを発見し、ノーベル賞の有力候補にもなっている飯島澄男楽天三木谷浩史についで第4回日本イノベーター大賞を受賞している[10]

伊賀の開発したFeliCaは、後にソニーとフィリップスが共同で開発したNFC規格と互換性があり、FeliCaを独自開発したソニーの技術が国際規格であるNFCの確立に大きな影響を与えた。また、現在でも、日本国内のみならず、アジアなどの比較的人口が密集した地帯における交通網(電車バス)の電子決済システムとして、決済速度の速さから多く導入されている。

伊賀は、2005年シニア・バイス・プレジデント、情報技術研究所長となる。2007年には、コーポレート・エグゼクティブSVP、情報技術研究所長、2008年には、業務執行役員SVP、コーポレート・フェローとなるが、2008年6月ソニーを退社する[11]

伊賀はFeliCa以外にも、ソニー時代に音楽プレーヤー向けPCM(パルス符号変調)の技術開発に携わり、のちのCDDATに応用されるバースト誤り訂正技術を開発しており、デジタル技術に与えた影響は大きい。その後、民生用のGPS受信機の開発に挑み、製品化にもこぎ着けている。

2011年(平成13年)62歳のときに文部科学大臣賞・科学技術賞(開発部門) を受賞する[12][13]

2017年(平成29年)に68歳で死去した。

受賞

略歴

共著

脚注

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