会戦
From Wikipedia, the free encyclopedia
概要
歴史
国家総力戦体制が整う近代よりも前の時代においては、国の指導者が運用可能な戦力が極めて限定的であった。そのため敵の戦力を徹底的に撃滅する性格を持つ会戦は戦争や戦役の帰趨を決める大きな戦闘であった。そのために軍事作戦は制限戦争の思想が一般的であり、軍人たちは会戦での勝利を至上目標とし、会戦を敵よりも有利な態勢で行なうための準備と駆け引きに残りの期間の努力を向けていた。
19世紀までは会戦の戦場はせいぜい2平方キロで、指揮官の視界を超えることは少なく、時間的に一日の範囲を超えることはめったになかった[1]。戦線が著しく延伸した第一次世界大戦から、会戦の範囲が広がり、期間は数週間に及ぶようになった[1]。塹壕が張り巡らされた戦場で、会戦はむしろ要塞戦の様相を呈した[2]。それでも、当時の大規模な戦闘は会戦と呼ばれていた。第二次世界大戦では戦場が流動的になったが、そのせいで戦場の範囲がさらに広がった[3]。現代においては全般的に戦闘がかつての会戦よりも流動的、大規模になったために会戦の形態は殆ど見られなくなった。