佐々木好
From Wikipedia, the free encyclopedia
| 佐々木 好 | |
|---|---|
| 生誕 | 1959年12月8日(66歳) |
| 出身地 |
|
| 学歴 | 札幌慈恵高校(現・札幌新陽高等学校)卒業 |
| ジャンル |
フォークソング ニューミュージック |
| 職業 | シンガーソングライター[1] |
| 担当楽器 | ボーカル・ギター |
| 活動期間 | 1982年 - 1987年[1] |
| レーベル |
CBS・ソニー (1982年 - 1987年) |
| 共同作業者 |
鈴木茂 石川鷹彦 星吉昭 |
佐々木 好(ささき このみ[1]、1959年12月8日[1] - )は、北海道札幌市出身の女性シンガーソングライター[1]。1982年2月25日、シングル『ドライヴ』、アルバム『心のうちがわかればいいのに』で、CBS・ソニーよりメジャー・デビュー。アコースティック・ギターの弾き語りと内省的な歌詞から「中島みゆきの再来」と呼ばれた[1][注釈 1]。
メジャー・デビュー後も札幌市に在住しながら、1982年から1987年にかけて5枚のアルバムをリリースした[2]。全5枚のアルバムは札幌と東京のスタジオでレコーディングされた[3]。楽曲には北海道の情景とそこに住む女性の感情が細やかに描かれ[4]、歌詞には北海道の長い冬や雪の風景と、春を待ち望む北国の人々の心情などが歌われている[2]。佐々木は故郷である札幌を深く愛し、一年の約半分が冬で、遅い春が来ると5月には梅と桜が一斉に咲き、その後のさっぽろライラックまつりが終わると夏は目前、といった札幌の四季の自然を慈しみ、「札幌が褒められると自分が褒められたように嬉しい」とまで言っている[2]。また佐々木は「大好きな街」として小樽市を挙げており[2]、小樽市の煉瓦造倉庫を使ったライブハウス「海猫屋」[注釈 2]で、定期的にライブを行っていた。
札幌慈恵女子高等学校(現・札幌新陽高等学校)卒業。高校時代はフォークソング部に在籍しており、その頃に自身初のオリジナル曲として作った曲が、ファースト・アルバム表題曲でもある「心のうちがわかればいいのに」。1979年9月「CBS・ソニーオーディション '79に合格」。音楽活動に専念するも、それまで就いていた建設会社の事務を辞めた途端、曲が作れなくなったため、以降は改めてアルバイトをしながら音楽活動を続けた。[要出典]
1987年に5枚目のアルバム『りらっくす』をリリース後、音楽活動を休止[1][7]。活動休止後も人気が根強く、ファンにとっては「青春の思い出の曲」となっていた[1]。
2013年から2014年にかけて、過去のアルバム全5枚が、ソニー・ミュージックエンタテインメント「オーダーメイドファクトリー」から、Blu-spec CD2仕様リマスター盤で予約限定復刻[8]された。
その後、2016年4月にはTwitterアカウントを開設し[9]、ファンとの交流を開始。2021年1月にTwitterの新アカウントを開設[10]した。またYouTube公式チャンネル[11]も開設し、自身のTwitterやYouTubeで新曲を披露している。
また、過去のアルバム全5枚が、サブスクリプションサービスで音楽配信され、Spotify、Amazon Music、YouTube Premiumなどで視聴・ダウンロード販売された[12][13]。これにより再評価が進んでいる。
佐々木は自身について「強い言葉が苦手で傷ついてしまうが、そんな私がおかしいのだろうか」「北海道の冬は長すぎて、孤独を感じて無性に淋しくなる」と、繊細な性格であることを述べている[2]。そうした繊細な性格と感受性が、彼女の音楽にも反映されており[1]、内気ながらも芯の強い北国の女性ならではの音楽世界を生み出している[4]。