佐々木潤之介
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- 出生から修学期
1929年、秋田県大館市で生まれた。秋田県立大館中学校(現・秋田県立大館鳳鳴高等学校)、東京高等学校を経て、東京大学文学部国史学科で学んだ。1953年に卒業[2]。東京大学大学院人文科学研究科に進み、1960年に博士課程を修了。終了時に東京大学に提出した学位論文は『幕藩制下基礎構造の研究』であり、文学博士号を取得[3]。
- 日本近世史研究者として
1960年より法政大学第二高等学校教諭として勤務。1961年、一橋大学社会学部講師に転じた。1965年に同助教授、1971年に同教授昇格。1975年からは一橋大学社会学部長を務めた。1993年に一橋大学を定年退官し、一橋大学名誉教授の称号を授与された。その後は神奈川大学教授を務め、1997年からは早稲田大学教育学部教授を務めた。
研究内容・業績
- 民衆史の立場にたち、抑圧される民衆とその叛乱という視点から徳川時代を研究した。指導学生に田崎宣義一橋大名誉教授、米倉誠一郎一橋大名誉教授、酒寄雅志国学院大学栃木短期大学教授[4]、稲田雅洋東京外国語大学名誉教授[5]などがいる。
- 『幕末社会論』などで「豪農ー半プロ」への農民層分解を研究し、「世直し状況」論を提唱した。また、『幕藩制国家論』で幕府・藩と人民の封建的関係を問題とする幕藩体制(構造論)から幕府ー藩を一つの国家として考察する「幕藩制国家」論を開始した。
- 韓国の経済史学者李栄薫は、佐々木の「アジアの革命の主体として貧農が歴史的に形成され、発展してきた過程を追求することが、アジアの革命の時代を生きている歴史学徒に付与された任務」という内容の論文を読んで大きな感銘を受け、経済史学者としておこなうべきことを発見したと述べている[6]。