佐土原遠江守 From Wikipedia, the free encyclopedia 時代 戦国時代 - 安土桃山時代生誕 不明死没 不明改名 道雲(法名) 凡例佐土原遠江守時代 戦国時代 - 安土桃山時代生誕 不明死没 不明改名 道雲(法名)主君 伊東義祐氏族 佐土原氏テンプレートを表示 佐土原 遠江守(さどわら とおとうみのかみ)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将。日向伊東氏の家臣。実名は不明。伊東四十八城の一つ・日向国諸県郡綾城主。桶平城代。 佐土原氏は、伊東氏5代当主・伊東貞祐の子で祐持(日向伊東氏の祖)の弟・佐土原祐藤を祖とする。 永禄11年(1568年)、伊東祐安は城主・島津義弘不在の飯野城を攻めたが義弘に気付かれ、睨み合いとなったため桶平城を築き、遠江守はその際に城代を務めた。しかし、島津軍の遠矢良賢、黒木実利などの侵攻を食い止めれず敗北を喫する。加えて翌永禄12年(1569年)に伊東義祐の息子義益が急死したため、伊東軍は桶平城に火を放ち飯野・田原陣から撤退した。 天正5年(1577年)、伊東氏が豊後国へ一時的に退去する際には、主君である伊東義祐・祐兵親子に付き従った。 Related Articles