佐藤庄平
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若くして病気に悩まされた棋士である。
師匠かつ同郷の先輩である原田とは10歳違いであり、1949年に佐藤が6級で原田門に入門したとき、原田はまだ26歳であった。プロ入りは1954年の7月、棋士番号は63であり、その直後(約1か月後)にプロ入りしたのが史上初の「中学生棋士」・加藤一二三である。
第12期(1957年度)C級2組順位戦と第13期(1958年度)C級1組順位戦で連続昇級を勝ち取り、B級2組へ昇級。しかし、第15期(1960年度)は病気でB級2組を休場。
第20期(1965年度)B級2組順位戦で9勝3敗(2位)の成績を収め、自己最高のB級1組へ昇級。さらには、続く第21期(1966年度)で、終盤まで加藤一二三・内藤國雄とA級昇級を争う。しかし、最後の2局を病気で不戦敗し、脱落する。
以降は、第22期と第23期で2年連続休場し、第24期では7つの不戦敗を含む0勝12敗でB級2組へ降級。第25期(1970年度)でB級2組を休場した所で引退した。
棋風
人物
昇段履歴
主な成績
棋戦優勝
- 古豪新鋭戦 1回(第1回 = 1957年)
優勝合計1回
在籍クラス
→竜王戦と順位戦のクラスについては「将棋棋士の在籍クラス」を参照
| 開始 年度 |
順位戦 出典[3] |
竜王戦 出典[4] | ||||||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 期 | 名人 | A級 | B級 | C級 | 期 | 竜王 | 1組 | 2組 | 3組 | 4組 | 5組 | 6組 | 決勝 T |
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| 1組 | 2組 | 1組 | 2組 | |||||||||||||||
| 1954 | 9 | C215 | ||||||||||||||||
| 1955 | 10 | C206 | ||||||||||||||||
| 1956 | 11 | C206 | ||||||||||||||||
| 1957 | 12 | C202 | ||||||||||||||||
| 1958 | 13 | C112 | ||||||||||||||||
| 1959 | 14 | B212 | ||||||||||||||||
| 1960 | 15 | B210 | ||||||||||||||||
| 1961 | 16 | B213 | ||||||||||||||||
| 1962 | 17 | B210 | ||||||||||||||||
| 1963 | 18 | B205 | ||||||||||||||||
| 1964 | 19 | B211 | ||||||||||||||||
| 1965 | 20 | B207 | ||||||||||||||||
| 1966 | 21 | B113 | ||||||||||||||||
| 1967 | 22 | B104 | ||||||||||||||||
| 1968 | 23 | B113 | ||||||||||||||||
| 1969 | 24 | B220 | ||||||||||||||||
| 1970 | 25 | B221 | ||||||||||||||||
| 順位戦、竜王戦の 枠表記 は挑戦者。右欄の数字は勝-敗(番勝負/PO含まず)。 順位戦の右数字はクラス内順位 ( x当期降級点 / *累積降級点 / +降級点消去 ) 順位戦の「F編」はフリークラス編入 /「F宣」は宣言によるフリークラス転出。 竜王戦の 太字 はランキング戦優勝、竜王戦の 組(添字) は棋士以外の枠での出場。 | ||||||||||||||||||