佐藤辰男

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佐藤 辰男(さとう たつお、1952年9月18日 - )は、日本実業家編集者。株式会社コーエーテクモホールディングス社外取締役。株式会社KADOKAWA顧問。

株式会社メディアワークス代表取締役社長・会長、株式会社角川グループホールディングス(現・KADOKAWA KEY-PROCESS)代表取締役社長、株式会社メディアリーヴス代表取締役社長・会長、株式会社KADOKAWA・DWANGO(現・KADOKAWA)代表取締役社長(初代)・会長(2代目)、学校法人角川ドワンゴ学園初代理事長を歴任。

静岡県出身。写真館の家に生まれる。静岡県立富士高等学校を経て、1976年早稲田大学第一文学部卒業。編集者を目指すもオイルショックの折で採用されず、玩具業界紙の「週刊玩具通信」を出版する日本トイズサービスに、卒業前の2月に合格し記者として入社。当時まだ黎明期であったコンピュータゲームの取材を担当した。

1982年、佐藤の書いたゲーム雑誌(コンプティーク)の企画書を当時、角川書店の専務であった角川歴彦に気に入られ、彼の勧めで角川書店とは資本関係のない株式会社コンプティーク(輸入ゲームソフト販売会社)に入社[1]。1983年11月にザテレビジョンの増刊号としてゲーム雑誌『コンプティーク』を創刊。1986年、角川発行のゲーム雑誌コンプティーク』や『マル勝ファミコン』の編集及びキャラクター商品の開発などを担当する子会社・角川メディアオフィスの取締役に就任。1992年に代表権を持つ常務取締役へ昇進するが、同年に角川書店社長であった歴彦の兄・春樹との経営方針を巡る対立から退社した歴彦に同調し角川メディアオフィスに所属していた編集者の大部分を引き連れて独立。同年10月にメディアワークス(後にアスキー・メディアワークス)を設立し、代表取締役に就任、同社専務取締役を経て1995年に同社代表取締役社長就任した。

メディアワークスと角川書店側の関係修復が進み、1999年に古巣の角川書店で取締役に復帰。その後、メディアリーヴス角川モバイルアスキー代表取締役社長を経て2008年に角川グループホールディングス(現・KADOKAWA)代表取締役社長に就任。同社社長として中経出版メディアファクトリー汐文社の買収、株式会社KADOKAWAへの商号変更、子会社9社を吸収合併、株式会社ドワンゴとの資本業務提携を行った。2014年4月に株式会社KADOKAWA取締役相談役に就任。

2000年9月、当時ネットワークゲームのシステム開発と携帯電話ゲーム事業を行っていた株式会社ドワンゴの監査役に就任。ニコニコ成立後、佐藤が、角川歴彦にドワンゴ創業者の川上量生を紹介したことにより、2010年10月に角川グループホールディングスとドワンゴの業務提携が実現し、2011年6月に資本提携、2014年10月の経営統合会社「KADOKAWA・DWANGO」設立に至った。2014年10月、株式会社KADOKAWA・DWANGO(現・株式会社KADOKAWA)の設立に伴い同社代表取締役社長に就任し、2015年6月に同社代表取締役会長、2017年6月に同社取締役相談役を歴任した。2016年4月に学校法人角川ドワンゴ学園理事長に就任。2018年6月、カドカワグループの役員を退任し、株式会社コーエーテクモホールディングス社外取締役に就任。

略歴

著作

  • 『KADOKAWAのメディアミックス全史 サブカルチャーの創造と発展』KADOKAWA、2021年。ISBN 978-4-04-811043-3
  • 『怠惰な俺が謎のJCと出会って副業を株式上場させちゃった話』KADOKAWA、2022年。ISBN 978-4-04-112972-2
  • 『エンタメ(IP)100年史 創業者のエウレカ、継承者の転換』KADOKAWA、2026年。ISBN 978-4-04-733837-1

架空の人物

脚注

外部リンク

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