保々地区
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地名の由来
市内の最北西部に位置する地区。かつては養蚕が盛んな地域だった。[注釈 1]朝明川沿いの地区で保々駅は三岐鉄道三岐線の拠点駅である。 地区内には朝明高校がある。本田技研工業(ホンダ)系メーカーの八千代工業四日市製作所などの自動車産業を中心とするデンソー髙見工業団地が造成された。三重県が整備した「県営北勢中央公園」があり1982年(昭和57年)に「高見台団地」「高見台ヒルズ団地」が造成されて人口が増加した。三岐鉄道の大長駅が北勢中央公園口駅に改称された。[注釈 2]
保々地区には、縄文時代後期から鎌倉時代の期間に至る複合的な遺跡の丸岡遺跡がある。戦国時代には北勢四十八家の朝倉氏の統治下であった。保々氏や茂福城主の朝倉氏とは同じ朝倉一族郎党で連合同盟国関係であった。朝明郡に所属する西村村・市場村・中野村・小牧村の4つの村が1889年(明治22年)に合併して保々村が誕生した。寺院は保々地区内に多数あるが神社は明治時代の神社合祀政策で1つしか存在しない。
菰野町と関係が強かった事から昭和の大合併では、独立や合併先の方向性で議論がおきて四日市との市町村合併が遅れた。富洲原地区の四日市市立富洲原小中学校・富田地区の四日市市立富田小中学校と同じく市内では珍しい1小1中で地区内で単独で保々中学校に進学している。