信貴山下駅
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| 信貴山下駅 | |
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駅舎外観(2007年7月) | |
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しぎさんした Shigisanshita | |
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| 所在地 | 奈良県生駒郡三郷町勢野西一丁目4-1 |
| 駅番号 | G27 |
| 所属事業者 | 近畿日本鉄道(近鉄) |
| 所属路線 | G 生駒線 |
| キロ程 | 0.9 km(王寺起点) |
| 電報略号 | シサタ |
| 駅構造 | 地上駅 |
| ホーム | 2面2線 |
| 乗車人員 -統計年度- |
1,359人/日(降車客含まず) -2019年- |
| 開業年月日 | 1922年(大正11年)5月16日 |
| 備考 | 無人駅 |
| 信貴山下駅 | |
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在りし日の東信貴鋼索線ホーム (1983年8月29日) | |
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しぎさんした SHIGISANSHITA | |
| 所在地 | 奈良県生駒郡三郷町勢野西二丁目 |
| 所属事業者 | 近畿日本鉄道(近鉄) |
| 所属路線 | 東信貴鋼索線 |
| キロ程 | 0.0 km(信貴山下起点) |
| 駅構造 | 地上駅 |
| ホーム | 2面1線 |
| 開業年月日 | 1922年(大正11年)5月16日 |
| 廃止年月日 | 1983年(昭和58年)9月1日 |
年表
信貴山朝護孫子寺への参詣路線として敷設された、信貴生駒電気鉄道の山下駅として開業した。駅西方にある信貴山に登る東信貴鋼索線(東信貴ケーブルカー)と同時の開業で、鉄道とケーブルカーによる信貴山への観光輸送をもくろんでのことである。東信貴鋼索線ののりばは頭端式2面1線という、ケーブルカーの麓側に典型的な配線であった。
しかし大阪方面からの交通の便がよい西信貴鋼索線が開通すると東信貴鋼索線は専ら地域輸送に徹することとなり、利用者が減少した結果1983年に廃止された[1]。廃止後も、1995年頃に駅舎が建て替えられるまで東信貴鋼索線乗り場跡が残っていた。その後鋼索線の車両は三郷北小学校にて保存されていたが、塗色を復元したうえ2020年3月に再度駅前へ戻されることとなった。
- 1922年(大正11年)5月16日:信貴生駒電気鉄道が王寺 - 山下間で開業した際に山下駅(やましたえき)として開業[1]。鋼索線(のちの東信貴鋼索線)も開業[1]。
- 1925年(大正14年)11月5日:信貴生駒電気鉄道の路線が信貴生駒電鉄に譲渡され、同社の駅となる[1]。
- 1926年(大正15年)10月21日:信貴生駒電鉄鉄道線が元山上口駅まで延伸し、途中駅となる[1]。
- 1951年(昭和26年)9月10日:信貴山口駅に改称[2]。
- 1956年(昭和31年)9月10日:信貴山下駅に改称[2]。
- 1964年(昭和39年)10月1日:近畿日本鉄道が信貴生駒電鉄を合併。同社の生駒線・東信貴鋼索線の駅となる[1]。
- 1973年(昭和48年)6月:これ以降の一時期、行違い設備が廃止。
- 1983年(昭和58年)9月1日:東信貴鋼索線廃止[1]。
- 1985年(昭和60年)9月22日:再び交換可能駅となる。
- 2007年(平成19年)4月1日:PiTaPa使用開始[3]。
- 2021年(令和3年)10月1日以降時期不明:終日無人駅化[4]。
駅構造
利用状況
近年における当駅の1日乗降人員の調査結果は以下の通り[6]。
- 2024年11月12日:2,291人
- 2023年11月7日:2,059人
- 2022年11月8日:2,232人
- 2021年11月9日:2,098人
- 2018年11月13日:2,606人
- 2015年11月10日:3,187人
- 2012年11月13日:3,031人
- 2010年11月9日:3,204人
- 2008年11月18日:3,244人
- 2005年11月8日:3,364人

