側ヶ谷戸古墳群
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位置
北緯35度53分43.9秒 東経139度35分59.6秒 / 北緯35.895528度 東経139.599889度座標: 北緯35度53分43.9秒 東経139度35分59.6秒 / 北緯35.895528度 東経139.599889度
規模
円墳7基以上
築造時期
6世紀から7世紀前半
| 側ヶ谷戸古墳群 | |
|---|---|
| 所在地 | 埼玉県さいたま市大宮区三橋 |
| 位置 | 北緯35度53分43.9秒 東経139度35分59.6秒 / 北緯35.895528度 東経139.599889度座標: 北緯35度53分43.9秒 東経139度35分59.6秒 / 北緯35.895528度 東経139.599889度 |
| 規模 | 円墳7基以上 |
| 築造時期 | 6世紀から7世紀前半 |
| 史跡 | 側ヶ谷戸古墳群、1957年(昭和32年)3月6日市指定[1] |
| 有形文化財 | 11号墳出土埴輪、2003年(平成15年)4月30日市指定[2] |
| 特記事項 | 埼玉県選定重要遺跡、1969年(昭和44年)10月1日県選定[3] |
| 地図 |
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側ヶ谷戸古墳群(そばがいとこふんぐん)は、埼玉県さいたま市大宮区にある古墳群。群内の幾つかは、さいたま市指定史跡に指定されている[1]。また、埼玉県の選定する「県選定重要遺跡」にも選ばれている[3]。
主な古墳
- 稲荷塚古墳
- さいたま市立大宮西高等学校(現・さいたま市立大宮国際中等教育学校)敷地内にある群中最大の古墳。内径37メートル、外径48メートルの円墳である。1950年(昭和25年)、中学校建設のため古墳の周囲が掘り返されたが、その際に円筒埴輪、馬形埴輪・人物埴輪が出土したと伝えられている。1953年(昭和28年)に埼玉大学によって行われた調査では、馬蹄形の周溝が巡らされていることが明らかにされ、周溝から人物埴輪、円筒埴輪が掘り出された。その後の調査では人物埴輪や勾玉が発掘された。埴輪の特徴から6世紀中頃から後半の築造と考えられている。
