入田村 (徳島県)
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国
日本
| にゅうたそん 入田村 | |
|---|---|
| 廃止日 | 1955年1月1日 |
| 廃止理由 |
編入合併 入田村(入田)、名東郡新居町→徳島市 入田村(矢野)、名東郡国府町→名東郡国府町 |
| 現在の自治体 | 徳島市(入田地区(入田)・国府地区(矢野、現在の国府町西矢野) |
| 廃止時点のデータ | |
| 国 |
|
| 地方 | 四国地方 |
| 都道府県 | 徳島県 |
| 郡 | 名西郡 |
| 市町村コード | なし(導入前に廃止) |
| 隣接自治体 |
名西郡高原村・鬼籠野村 名東郡国府町・上八万村 |
| 入田村役場 | |
| 所在地 | 徳島県 |
| 座標 | 北緯34度02分39秒 東経134度26分31秒 / 北緯34.04414度 東経134.44194度座標: 北緯34度02分39秒 東経134度26分31秒 / 北緯34.04414度 東経134.44194度 |
| ウィキプロジェクト | |
地形
歴史
- 1592年 - 太閤検地時に、それまでの名西郡埴土郷(はにごう)波邇井(はにい)が、入田村(現 入田町)と矢野村(現 国府町西矢野)に分けられた[1]。
- 1889年(明治22年)10月1日 - 市町村制施行に伴い、入田村と矢野村が合併して入田村が成立。
- 1927年(昭和2年) - 鮎喰川に作られたコンクリート堰をめぐり、水資源が減少したと主張する国府村との間で軋轢が高まる[2]。
- 1953年(昭和28年) - 昭和の大合併時の合併促進法により、合併町村となった。国府町が、北井上村・南井上村・入田村との1町3村合併案を採用[3]。
- 1955年(昭和30年)1月1日 - 入田は名東郡新居町とともに徳島市に、矢野は名東郡国府町に編入。国府町矢野がすでにあったため、入田村矢野は国府町西矢野として編入された。