矢野遺跡
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発掘調査
弥生時代の遺構
弥生時代集落は、1992年(平成4年)から始まった徳島南環状道路(徳島外環状道路)建設に伴い発掘調査された。徳島県内最大級の弥生時代集落であり、弥生時代中期から末にかけての竪穴建物跡が100軒近く検出されている[1]。
集落内からは、1992年(平成4年)12月18日に銅鐸埋納坑が検出された。この埋納坑は、柱穴や建物跡が伴っており、銅鐸は木箱に納められて埋納されたと見られる。このような検出状況は全国的にも類例が少ない[1]。出土した突線袈裟襷文銅鐸(とっせんけさだすきもんどうたく)は、「矢野銅鐸」と通称され、1995年(平成7年)6月15日に国の重要文化財に指定された[4][5]。
縄文時代の遺構
縄文時代集落は、1994年(平成6年)~1998年(平成10年)の発掘調査で発見され、竪穴建物19軒などの遺構のほか、縄文土器・石器等の多くの遺物が出土した。西日本の縄文時代集落の中では最大級のものとされる。出土遺物の中では、土製円板に穿孔して両目と口を表現した仮面が注目された[1]。
これら縄文時代後期の出土遺物160点は、2019年(令和元年)7月23日に「徳島県矢野遺跡出土品」として国の重要文化財に指定された[注釈 3][4]。