入野松原
From Wikipedia, the free encyclopedia
歴史
長宗我部元親の重臣谷忠兵衛忠澄が中村城代の時、囚人を使役して植樹したものと伝えられる。 一方、それ以前に松原があったことが『土佐物語』に書かれているので、忠兵衛植樹説は捕植説であろうとも言われている。
1707年の宝永地震津波では大きな被害を受け、『谷陵記』には松林の大半が枯れてしまったとある[6]。1778年に谷真潮が記した『西浦廻見日記』には「松原こけて砂浜になれり」とある[7]。その後、近在住民が一戸当たり6本の野生の黒松を植栽し防潮に備えたと伝えられる[4]。1854年の安政南海地震では松原には津波は入らなかったが、入野は甚大な被害となり、加茂神社には地元の郷士野並晴が教訓を刻んだ石碑が現存する[8]。
1928年2月17日、内務省告示第二十七号により国の名勝に指定され、次いで昭和31年1月17日、高知県公園条例により、入野海岸・浮津海岸を含めた90ヘクタールが県立公園に、さらに昭和47年、土佐西南大規模公園に指定された。
伐採の危機
指定
県立自然公園普通地域、史跡名勝天然記念物、都市公園、防風保安林
アクセス
- 土佐くろしお鉄道中村線土佐入野駅徒歩で約25分
- 四万十町中央インターチェンジ車で約50分
- 四国横断自動車道黒潮拳ノ川インターチェンジ車で約30分
