全野女王 From Wikipedia, the free encyclopedia 全野女王(またのじょおう/またののおおきみ、生年不明 - 天長8年11月10日(831年12月17日))は、奈良時代から平安時代にかけての皇族。系譜は未詳。位階は正四位下。 桓武朝の延暦9年(790年)11月、八上女王とともに従四位下を授けられる。選叙令によると无位から従四位下叙位は親王の子の扱いである[1]。翌10年(791年)9月には「孫王の例に預る」として、正式に皇孫扱いとなった[2]。 淳和朝の天長8年(831年)11月、正四位下で卒去[3]。 官歴 『六国史』による 延暦9年(790年)11月19日:従四位下 延暦10年(791年)9月2日:孫王扱いになる 時期不詳:正四位下 天長8年(831年)11月10日:卒去 脚注 [脚注の使い方] ↑ 『選叙令』35条「蔭皇親条」 ↑ 『続日本紀』延暦10年9月2日条 ↑ 『日本後紀』天長8年11月10日条 参考文献 『続日本紀 』5 新日本古典文学大系16 岩波書店、1998年 宇治谷孟『続日本紀(下)』講談社学術文庫、1995年 森田悌『日本後紀 (下)』講談社学術文庫、2007年 この項目は、日本の皇室、皇族に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(Category:日本の皇族)。表示編集 この項目は、日本の歴史に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:日本/P:歴史/P:歴史学/PJ日本史)。表示編集 Related Articles