八仙飯店一家殺害事件

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黒沙環地区の「八仙飯店」店舗跡。
事件後は借主がつかず、勿泊車(駐車禁止)の文字が書かれた板で閉鎖されている[1]。2015年8月22日撮影。

八仙飯店一家殺害事件(はっせんはんてんいっかさつがいじけん)とは、1985年マカオで発生した殺人事件

容疑者の黄志恒(繁体字表記: ・志恆)が中華料理店「中国語: 八仙飯店, ポルトガル語: Casa de Rasto Pat Sin」の経営者一家及び親族の9名と従業員1名を殺害したとされ、犠牲者の年齢は7〜70歳までに亘る。事件翌年に容疑者が摘発された後、容疑者が犠牲者の遺体を叉焼包にして店で販売していたと噂されるようになり、香港とマカオで一時大々的に騒がれた。

容疑者の黄は、拘留中に炭酸飲料缶の蓋を使用したリストカット自殺した。他に共犯者がいたかは依然不明である。また、この事件を基にして多くの映画テレビドラマ漫画も制作された。

事件の背景

営業当時の「八仙飯店」[2]

「八仙飯店」はマカオ半島東北部の住宅地兼工業地である黒沙環中国語版ポルトガル語名: Areia Preta)で1960年代に開業し、鄭林とその一家により経営されていた。鄭林は元々、中華料理の一種である焼臘中国語版(肉のロースト類)の行商人であったが、商店街の鶏・鴨肉業者の支援もあり、借金をして当店の経営を譲り受けた。1973年には岑恵儀(繁体字表記: 岑惠儀)と結婚して1男4女を儲け、黒沙環第四街で家族と暮らしていた。

容疑者の黄志恒(「港澳屠夫」=「香港・マカオの屠殺人」ともあだ名で呼ばれている[3])は、元の名を陳梓梁といい、広東省の現佛山市南海区書楼村の出身。家庭は裕福で、家族とともに香港に移住して間もなく罪を犯して香港で5年服役した。刑期満了後、黄姓の女性と結婚して2男1女を儲けた。事件発生時は50代で、20代の息子1人と暮らしていた。

事件発生後、警察は黄が別の凶悪事件に関係していることをつきとめた。1973年11月5日、香港の鰂魚涌中国語版英語名: Quarry Bay)の英皇道にやってきた黄は、李和という男性から1万香港ドルを借りた後、李和夫妻と妻の姉を後ろ手に縛った上で斬りつけ、李和を浴槽で溺死させた。その上、液化石油ガス放火を図ったが、幸いにも李和の姉と妻子は脱出した。この事件当時、黄は陳梓樑と名乗っており、逃亡先の広東省南海区で潜伏中、潜伏先の女性と恋愛関係になり結婚、夫婦でマカオに密航した。警察の追及から逃れるため、黄は左手人差し指の指紋を焼いて除去した。1986年、八仙飯店の事件発覚後、李和の家族は黄と陳梓樑が同一人物であると認めている。

事件の発生状況

映画、テレビドラマ化

出典

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