八十島義之助

日本の土木技師 (1919-1998) From Wikipedia, the free encyclopedia

八十島 義之助(やそしま よしのすけ、1919年(大正8年)8月27日 - 1998年(平成10年)5月9日[3])は、日本土木工学者工学博士東京大学名誉教授。専門は鉄道工学、交通計画学。

生誕 (1919-08-27) 1919年8月27日
日本の旗 日本東京府
死没 (1998-05-09) 1998年5月9日(78歳没)
配偶者 八十島和歌子
概要 人物情報, 生誕 ...
八十島 義之助
(やそしま よしのすけ)
人物情報
生誕 (1919-08-27) 1919年8月27日
日本の旗 日本東京府
死没 (1998-05-09) 1998年5月9日(78歳没)
出身校 東京帝国大学工学部土木工学科
配偶者 八十島和歌子
両親 八十島親徳
学問
研究分野 土木工学
研究機関 東京大学
埼玉大学
帝京技術科学大学
学位 工学博士
学会 土木学会
主な受賞歴 交通文化賞
土木学会賞田中賞
紫綬褒章
土木学会賞功績賞
勲二等旭日重光章
愛媛県文化功労者[1][2]
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来歴

東京府出身。慶應義塾幼稚舎旧制府立高等学校(7年制)を経て、1941年に東京帝国大学工学部土木工学科を卒業[2]。翌年、母校の講師となる。その後、東京大学工学部助教授を経て、1955年「敷設軌条の力学的特性に関する研究」で工学博士となり、同年教授に就任[4]東大紛争では大学改革準備調査会委員長を務める[2]。1980年に定年退官、名誉教授となるとともに、埼玉大学教授に就任。

1986年、帝京技術科学大学(現・帝京平成大学)初代学長に迎えられ、1992年3月、鉄道総合技術研究所(鉄道総研)会長となる[5]国土審議会会長。このほか、1981年から1998年まで、鉄道友の会の第5代会長を務めている。

1998年5月9日、死去。78歳没。没後、従三位銀杯一組を授与された。

親族

両親は、愛媛県出身で八十島家は、伊達氏宇和島藩家老職の家系であった。

父の八十島親徳東京高等商業学校出身で渋沢栄一書生を経て渋沢財閥番頭を務めた。兄に医学者の八十島信之助、実業家の八十島親義がいる[4]。妻・和歌子は最高裁判所判事を務めた東京帝国大学名誉教授穂積重遠の娘で[4]、渋沢栄一のひ孫にあたる。

著書

  • 『鉄道の生い立ち』門真一郎絵 蟻書房<中学生の科学文庫>、1950年。
  • 『鉄道の歴史』小峰工業出版<小峰の科学文庫>、1952年。
  • 『都市と交通』日本放送出版協会<NHK現代科学講座>、1966年。
  • 『鉄道軌道』技報堂、1967年。
  • 八十島義之助先生還暦退官記念会編『交通と計画四十年』東京大学工学部土木工学科、1980年。

共編著

  • 沼田政矩共著『新制鉄道工学』オーム社、1956年。
  • 横谷輝共著『地下鉄とモノレール』鹿島研究所出版会<少年の科学>、1968年。
  • 編『都市交通講座 第1 都市と交通』鹿島研究所出版会、1970年。
  • 花岡利幸共著『交通計画』技報堂、1971年。
  • 井上孝共編『都市交通講座 5 交通計画の実際』鹿島研究所出版会、1971年。
  • 編『交通施設防災』共立出版<防災科学技術シリーズ>、1973年。
  • 編『現代土木工学 3 土木総合計画論』丸善、1975年。
  • 沼田政矩共編『鉄道工学』技報堂出版<土木工学叢書>、1977年。
  • 沼田政矩、松本嘉司共著『鉄道工学 大学課程』オーム社、1977年。
  • 榛沢芳雄共著『国土計画概論』技報堂出版、1985年。

翻訳

  • イギリス運輸省編 井上孝共訳『都市の自動車交通 イギリスのブキャナン・レポート』鹿島研究所出版会、1965年。

脚注

参考文献

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