八宝菜
中華料理のひとつ
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調理法
起源
清の李鴻章が世に広めたというが、その起源は諸説ある。
- 美食家の李が友人の家を訪ねた折、友人の妻が鳥を締め、ありあわせの野菜などと煮て出したところ、それが旨かったので李が世に広めた。
- 李がアメリカに出稼ぎに来ていた苦力を激励に行った折(もし欽差大臣としての訪米時ならば1896年だが)、苦力が煮て食べていたごった煮が旨かったので、世に広めた。しかし、この頃の苦力ならば多くは広東省台山県周辺の出身なので広東料理発祥となるが、いずれにせよ欽差大臣としての公式な欧米歴訪であり、宮廷料理人も連れ中国から高級食材も持参していたほどで、訪問先で気軽に食事をしたとは考えにくい。チャプスイとの混同した説とも考えられる。
- その上、李が生まれるよりも120年以上前の1697年に大坂で出版された『和漢精進料理抄』にすでに「唐の煮菜類」の一つとして八寶菜(パパウツアイ)のレシピ(ダイコン、ゴボウ、ニンジン、レンコン、シロウリ、麩、の短冊切りを炒め、醤油で味付けし、汁気の多い炒め煮にする精進料理)が掲載[3]されており、その名はすでに世に知られた料理であったことが知れるが、これの内容や味が、李が広めたとされる料理と同じであったかは不明。