八木元八 From Wikipedia, the free encyclopedia 八木元八 八木 元八(やぎ もとはち、1883年(明治16年)2月10日[1] – 1946年(昭和21年)10月29日[2])は、衆議院議員、外交官。 静岡県榛原郡相良町(現在の牧之原市)出身[1]。1902年(明治35年)、外務省留学生試験に合格し、サンクトペテルブルク・アモイに留学した[3]。1906年(明治36年)、外務書記生となり、アモイ、奉天、香港、漢口、ニューヨークに勤務した[3]。1918年(大正7年)より長沙副領事、北京副領事、天津副領事、青島領事、ニューオーリンズ領事を歴任した[3]。1928年(昭和2年)よりハルビン総領事を務めた[3]。 退官後は鴨緑江採木公司理事長、鴨緑江製材株式会社代表、安東市商工公会会長などを務めた[4]。 1942年(昭和17年)、第21回衆議院議員総選挙に静岡1区(当時)から翼賛政治体制協議会の推薦を受け出馬し、当選を果たした。戦後、日本進歩党の結成に参加するが、間もなく推薦議員のため公職追放となった[5]。追放中の1946年(昭和21年)、死去した。 脚注 1 2 『大衆人事録』 ↑ 『衆議院議員名鑑』 1 2 3 4 『人事興信録 第9版』 ↑ 『人事興信録 第14版(下)』 ↑ 総理庁官房監査課 編『公職追放に関する覚書該当者名簿』日比谷政経会、1949年、723頁。NDLJP:1276156。 参考文献 人事興信所編『人事興信録 第9版』人事興信所、1931年。 帝国秘密探偵社編『大衆人事録 第12版』帝国秘密探偵社、1937年。 人事興信所編『人事興信録 第14版(下)』人事興信所、1943年。 衆議院・参議院編『議会制度七十年史 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1962年。 表話編歴 在ハルビン日本総領事 (1928年-) 開設1907 川上俊彦1907- 本多熊太郎1912- 松島肇 佐藤尚武 N/A 山内四郎-1925 天羽英二1925-1927 八木元八1928- 大橋忠一1931-1932 森島守人-1935 佐藤庄四郎 久保田貫一郎1939-1942 N/A 宮川舩夫1944-1945 閉鎖1945 典拠管理データベース 全般ISNIVIAF国立図書館日本学術データベースCiNii BooksCiNii Research Related Articles