内務卿
From Wikipedia, the free encyclopedia
1873年(明治6年)征韓論がきっかけとなった政変(明治六年政変)を機に大久保利通が主導して太政官の下に「内務省」を新設し、自ら内務卿となった。
大蔵省、司法省、工部省から、戸籍、土木、駅逓、地理、勧農、警察、測量などの業務が「内務省」に移され、検閲機能も加えて、地方行政と治安維持を担当する体制が整えられた。
これにより、地方行財政・警察・土木・衛生・国家神道など、大蔵・司法・文部各省を除く内政のほとんどを掌握した。
後身は内務大臣(ないむだいじん、Minister of Home Affairs)。内務大臣となった以後も、第二次大戦敗戦後のGHQによる内務省の解体・廃止に至るまで、内閣総理大臣に次ぐ副首相格のポストとみなされていた。