内灘砂丘
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石川県加賀地方の日本海側には海岸線に沿って、大聖寺砂丘、小松砂丘、高松砂丘、羽咋砂丘などと呼ばれる砂丘が形成されており、内灘砂丘もその一つである[1]。ただ、他の砂丘との関係も含めて内灘砂丘の範囲については諸説あり、金沢市金石から羽咋市羽咋までの約37kmに及ぶとする説から金沢市粟崎からかほく市(旧河北郡宇ノ気町)までの約10kmとする説まである[1][2]。
金沢市粟崎からかほく市までとすると、途中の河北潟放水路を挟んで延長は約10km、幅は約1kmである[2]。また砂丘は平均標高約20m(最高所は標高58.51m)の横列砂丘である[3]。砂丘頂から海岸側には緩傾斜だが、内陸側は河北潟に向かって急傾斜となっている[1]。内灘町は町域の約8割が砂丘地上にあり、残りの2割が河北潟の潟縁低地である[1]。
手取川から運搬された土砂が日本海に到達し、対馬海流に流されて堆積して形成された[4]。砂丘は新旧2つの層からなり、旧砂丘からは石器時代の遺物が出土している[2]。
