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冷泉為尹

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生誕 康安元年(1361年)
改名 為尹→大雲(法名)
 
冷泉 為尹
時代 南北朝時代 - 室町時代前期
生誕 康安元年(1361年)
死没 応永24年1月15日(1417年2月1日)
改名 為尹→大雲(法名)
別名 号:村雲
官位 正二位、権大納言
主君 後小松天皇→称光天皇
氏族 冷泉家(上冷泉家)
父母 実父:冷泉為邦?、実母:不詳
養父:冷泉為秀(祖父)
兄弟 為邦?、為尹、女子?
子 為之、為員、持為
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冷泉 為尹(れいぜい ためまさ)は、南北朝時代から室町時代にかけての公卿・歌人。近衛中将・冷泉為邦の子(諸説あり、後述)。官位は正二位・権大納言。上冷泉家3代。村雲と号した。

冷泉為邦の子として誕生し、祖父・為秀の養子となる[1][2]。しかし、為秀の実子とする説もある[3][4]。

応永6年(1399年)、従三位に叙任。応永8年(1401年)に参議、応永9年(1402年)に権中納言となる。応永22年(1415年)に正二位・権大納言となるが翌応永23年(1416年)に辞した。

歌人としては、歌が『新後拾遺和歌集』等に入首している。また、正徹に和歌を教授している。

なお、冷泉家は為尹の子の代から為之の流れ(上冷泉家)と持為の流れ(下冷泉家)に分かれる。

官歴

注釈のないものは『諸家伝』による

系譜

参考文献

脚注

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