切り通し (京都市) From Wikipedia, the free encyclopedia 切り通し、京都市東山区 「薩土討幕之密約紀念碑」京都市東山区(祇園)切り通し 切り通し(きりとおし)は京都市東山区内の南北の通りの一つ。 北は新橋通から南は四条通までの僅か約180mの通りのように見えるが、実際には北は古門前通まで続く。東の花見小路通、西の縄手通と共に、祇園の中心となる通り。 新橋通、白川南通から末吉町通の間は狭い路地のような通りであるが、新橋通などと同様、石畳が敷かれており、飲食店も点在し風情ある景観を見ることが出来る。 歴史 幕末・慶応3年5月18日(1867年6月20日)、土佐藩の中岡慎太郎、乾退助、福岡孝弟、広島藩の船越洋之助らが会して、討幕の策を練った「近安楼」はこの通りにあった[1][2]。ここでの話し合いをもとに、同5月21日(1867年6月23日)、乾退助は薩摩藩の西郷隆盛、吉井友実らと小松帯刀の寓居で「薩土討幕の密約」を結び、これが鳥羽伏見の戦いでの土佐藩参戦の根拠となり、戊辰戦争を勝利へ導いた[3]。 脚註 ↑ 『行行筆記』中岡慎太郎筆録 ↑ 「切り通し」の中の当時は「松湯の丁」と呼ばれていた附近。 ↑ “『板垣精神 : 明治維新百五十年・板垣退助先生薨去百回忌記念』”. 一般社団法人板垣退助先生顕彰会 (2019年2月11日). 2023年9月20日閲覧。 沿道の主な施設 巽橋 辰巳大明神(辰巳神社) 薩土討幕之密約紀念碑 関連項目 京都市内の通り 京都市内の南北の通り 西隣の通り縄手通 北は 古門前通 まで 東隣の通り花見小路通 切り通し (京都市) 南は 四条通 まで この項目は、道路に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:道路/プロジェクト:道の駅/Portal:道路)。表示編集 Related Articles