初井しづ枝

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初井 しづ枝(はつい しずえ、1900年(明治33年)10月29日 - 1976年(昭和51年)2月15日)は、日本歌人兵庫県姫路市出身。

兵庫県姫路市大黒町(現・大国壱丁町)に、薬種商井上又次・たねの三女として生まれる。本名・しづ江。姫路高等女学校(現・兵庫県立姫路東高等学校)を卒業し、大阪道修薬学校(現・大阪薬科大学)に入学。薬剤師の検定試験を受けて合格。姫路に帰郷し、親戚の病院調剤の見習いに通う。

その後、姫路高女時代から交際していた初井佐一と結婚(当時20歳)。佐一の生家・初井家は姫路を代表する大地主素封家であった。歌誌『アララギ』の会員で短歌を作っていた夫に勧められて作歌を始め、1926年に「日光」に入社、北原白秋に師事。1927年、「短歌民族」に参加。

戦後は農地解放により初井家が没落。生活に苦しみながらも「桐の花短歌会」を結成し、『女人短歌』の創立に参加。1953年宮柊二主宰「コスモス」の創刊に参加し、主要同人となる。1957年、『藍の紋』で第3回日本歌人クラブ推薦歌集(現・日本歌人クラブ賞)に選ばれる。1966年、兵庫県文化賞[1]1970年、姫路市文化功労賞。1971年、『冬至梅』で読売文学賞を受賞。生涯を過ごした姫路の初井家住宅は、市の都市景観重要建築物等に指定されている。

作風

透徹した硬質の歌風で戦後の歌壇に清新の気をもたらした。戦中・戦後の時代の変遷の中で、生活の激変、婚家の没落などといったテーマに取り組んだ[2]

著書

脚注

参考文献

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