利光松男
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- 1947年 - 上智大学経済学部経済学科卒業。
- 1951年8月1日に日本航空の第一期生として入社。特殊法人時代から一貫して民営化を唱え、「浮き沈みの激しい会社生活」を送る。
- 1977年 - 日本航空取締役。
- 1981年 - 日本航空常務取締役。
- 1983年 - 旅行開発(現ジャルパック)社長。
- 1985年6月 - 日航商事(現JALUX)社長。
- 1987年 - 日本航空代表取締役副社長(民営化実現)。
- 1990年 - 日本航空代表取締役社長。
- 1995年 - 日本航空取締役相談役。
- 1998年 - 日本航空の子会社役員。
- 1999年 - 日本航空協会会長就任(2004年11月まで)。
- 2000年 - 日本棋院理事長。
- 2004年4月 - 日本棋院理事長を体調不良のため退任。
- 2004年11月8日 - 80歳で死去。葬儀は誕生日1日後に兼子勲・日本航空会長の弔辞とともに行われた。その後の警察の調べでは自殺と推定されている。墓所は多磨霊園[1]。
青年時代
遠藤周作との深く長い親交で知られる。貧乏時代の遠藤が住む家を無くしていた際、利光が遠藤の生活を世話した。
晩年・死去
家族
趣味・特技
映画製作
- 『紅の豚』製作総指揮
受賞歴
- 勲二等旭日重光章(2001年)[2]
- 第2回日本国際ツーリズム殿堂入り(2008年)