赤坂祐二
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北海道札幌市出身[2]。少年時代はプラモデルの戦闘機が好きで狸小路の中川ライター店に通い、中学生の頃から航空機の設計に関心を持った[2]。小学生時代はのちに本田技研工業の社長となる三部敏宏と少年野球で一緒にプレーし仲が良かった。中学1年で三部の転居のため離ればなれになったが、社長となってから再会している[3][4]。札幌北高等学校時代はスキージャンプの選手だった[5]。
国産航空機の設計に携わりたいと考えたことから、東京大学の航空学科に進み、1987年に同大学大学院工学系研究科を修了後、同年技術系として日本航空入社[2][6]。整備畑を歩み、執行役員整備本部長、JALエンジニアリング社長、常務執行役員などを経て、2018年4月第13代目社長に就任[7]。2024年4月に会長に就任[8]。2025年1月24日、JALの機長と副機長が運航前日に社内規定値を超えるアルコール量を摂取し、同社に報告せず運航業務にあたっていた問題で、国土交通省から業務改善勧告を受けた同社は赤坂を安全統括管理者から解任した[9]。2025年6月代表権を外れ、会長に再任予定[10]。
脚注
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- ↑ “役員名簿 | (公財)日本交通公社”. (公財)日本交通公社 | 公益財団法人日本交通公社は、観光を専門とする実践的学術研究機関です。旅行・観光に関する学術的、実践的な調査研究を通して、わが国の観光文化の振興に寄与し、豊かな社会の実現を目指します。 (2021年7月30日). 2025年11月12日閲覧。
- 1 2 3 “拡大する航空需要に全方位で対応する”. 財界さっぽろ ONLINE (2018年8月1日). 2022年5月28日閲覧。[リンク切れ]
- ↑ “48年ぶりの面会 三部敏宏”. 日本経済新聞. 2024年3月23日閲覧。
- ↑ “経営者リレー対談 JAL赤坂社長VSホンダ三部社長 空飛ぶクルマに全員野球で挑む”. 日経BP. 2024年11月17日閲覧。
- 1 2 “【トップ直撃】翼を整え新たな空へ! 日本航空・赤坂祐二社長「航空運送事業にとって整備は主役中の主役」”. zakzak. 2022年5月25日閲覧。
- 1 2 猪熊建夫 (2022年10月4日). “【北海道札幌北高校】華麗なる卒業生人脈!JAL社長の赤坂祐二、ドコモ初代社長の大星公二、「国鉄改革3人組」松田昌士…”. ダイヤモンドオンライン. 2024年1月5日閲覧。
- ↑ “日航、赤坂常務執行役員が社長昇格へ 植木氏は会長に”. 日本経済新聞 (2018年1月24日). 2022年5月28日閲覧。
- ↑ INC, SANKEI DIGITAL (2024年1月17日). “JAL新社長に鳥取三津子氏 CA出身で初、女性としても初めて”. 産経ニュース. 2024年1月17日閲覧。
- ↑ “JAL赤坂会長を「安全統括管理者」から解任へ 機長の飲酒問題受け:朝日新聞”. 朝日新聞 (2025年1月24日). 2025年2月26日閲覧。
- ↑ “JAL、赤坂会長の代表権外れる 25年度役員体制”. Aviation Wire. 2025年2月26日閲覧。
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