剣吉館 From Wikipedia, the free encyclopedia 城郭構造 平山城築城主 北氏築城年 不明主な城主 南部左衛門尉logo剣吉館(青森県)城郭構造 平山城築城主 北氏築城年 不明主な城主 南部左衛門尉廃城年 不明遺構 曲輪指定文化財 史跡等未指定[1][2]埋蔵文化財包蔵地番号 青森県No.445044[2]位置 北緯40度26分46.0秒 東経141度20分27.6秒 / 北緯40.446111度 東経141.341000度 / 40.446111; 141.341000座標: 北緯40度26分46.0秒 東経141度20分27.6秒 / 北緯40.446111度 東経141.341000度 / 40.446111; 141.341000地図 剣吉館 テンプレートを表示 剣吉館(けんよしたて)は、青森県三戸郡南部町剣吉にあった日本の城。 八戸根城と三戸城の中間に位置し、馬淵川の東側の丘陵に東西70メートル×南北100メートルの規模で広がり、居館域は大館と小古館の二つに分かれている。現在跡地は、大館は剣吉小学校校地となっている。 沿革 築城時期は不明。戦国時代の城主の北氏は南部家の家老を務め、三戸城の北に屋敷があったので「北殿」と呼ばれた。 天正20年(1592年)の『諸城破却書上』には「糠部郡之内 剣吉 平城 南部左衛門尉 持分」とあり、破却は免れた。 脚注 ↑ 「町指定文化財(3)史跡・天然記念物」南部町公式HP 1 2 「青森県遺跡地図」青森県公式HP 参考文献 児玉幸多、坪井清足『日本城郭大系 第2巻 青森・岩手・秋田』新人物往来社、1980年7月15日。 関連項目 日本の城一覧 この項目は、日本の歴史に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:日本/P:歴史/P:歴史学/PJ日本史)。表示編集 Related Articles