劉亮程
中国の自然文学作家
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劉亮程(りゅうりょうてい、刘亮程、1962年1月 – )は、中国の散文家・小説家・詩人・自然文学(ネイチャーライティング)作家。新疆ウイグル自治区沙湾県(現・沙湾市)出身。自然と農村を詩情豊かに描く作風で知られ、「20世紀中国最後の散文家」「郷村哲学者」「中国のソロー」と称される[1][2]。散文集『一个人的村庄』(一人の村)は発売以来100万部以上を売り上げ、現代中国を代表する郷土文学の古典とされる[3]。2023年には小説『本巴』で第11届茅盾文学賞を受賞し、新疆出身作家として初めて中国文学最高賞を獲得した[4]。
中国 新疆ウイグル自治区 沙湾県(現・沙湾市)
劉亮程 | |
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| 刘亮程 | |
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劉亮程(2018年) | |
| 生誕 |
1962年1月 中国 新疆ウイグル自治区 沙湾県(現・沙湾市) |
| 住居 | 中国 新疆ウイグル自治区 木塁県 菜籽溝村 |
| 国籍 | 中華人民共和国 |
| 別名 | 「20世紀中国最後の散文家」「郷村哲学者」「中国のソロー」 |
| 出身校 | 石河子農機学校(現・石河子工程職業技術学院) |
| 職業 | 散文家・小説家・詩人 |
| 活動期間 | 1980年代 – |
| 時代 | 現代 |
| 団体 | 中国作家協会、新疆作家協会 |
| 著名な実績 | 散文集『一个人的村庄』(一人の村)、小説『本巴』(第11届茅盾文学賞受賞) |
| 代表作 | 『一个人的村庄』『在新疆』『捎话』『本巴』 |
| 流派 | 郷土文学、自然主義文学 |
| 影響を受けたもの | 荘子、陶淵明、梭羅(ソロー) |
| 活動拠点 | 新疆ウイグル自治区 |
| 肩書き | 新疆作家協会主席、新疆文学芸術界連合会主席、中国作家協会散文委員会副主任 |
| 受賞 | 第2回馮牧文学賞(2001年)、第6届鲁迅文学賞散文奨(2014年)、第16届百花文学賞散文奨(2015年)、第11届茅盾文学賞(2023年) |
生涯・経歴
生い立ち
劉亮程は1962年、中国新疆ウイグル自治区のグルバントングット砂漠(古尔班通古特沙漠)の縁に位置する小村で生まれた[5]。祖籍は甘粛省酒泉であり、1961年冬に両親が甘粛から新疆に移住し、沙湾県の黄沙梁という村に落ち着いた[6]。幼少期は農作業に明け暮れ、羊の世話や農機具の管理を行いながら育った。読める本が近所から借りたものや行商人から買ったものばかりの環境の中でも、文学への熱意は途絶えなかった[7]。
石河子農機学校(現・石河子工程職業技術学院)を卒業後、農機管理員として10数年にわたって地元の農村に勤務した[8]。20歳のころから詩作を始め、1980年代に詩人として創作活動を開始した[9]。
都市への転身と『一个人的村庄』の出版
30歳のころ、収益のあった農機部品店を閉め、故郷を離れてウルムチへ移住した。都市という「異郷」から故郷の村を振り返るかたちで、約10年をかけて散文集『一个人的村庄』(一人の村)を執筆した[10]。ウルムチでは『工人時報』の文芸副刊編集者を務めた[11]。
1998年、『一个人的村庄』が新疆人民出版社から刊行されると、中国文壇に大きな反響を呼んだ。作家の李鋭、李陀、方方、南帆、蒋子丹らが相次いで絶賛し、「20世紀最後の文学景観」と称された[12]。本書所収の散文は、中国の中学・大学の国語教科書にも多数収録された。
2001年には第2回馮牧文学賞を受賞した。2004年には魯迅文学院第3期高研班の学員として研鑽を積んだ[13]。
小説家としての展開
2006年、初の長編小説『虚土』(ゆきつかない土)を発表し、散文作家から小説家への転身を示した[14]。その後も長編小説を精力的に発表し、『凿空』(うがち空ける)、『捎话』(伝言を運ぶ者)、『本巴』(ボンバ)と、新疆の大地と多民族文化に根ざした独自の文学世界を構築した。
2014年には散文集『在新疆』(新疆にて)で第6届鲁迅文学賞散文奨を受賞した[15]。2015年には第16届百花文学賞散文奨も受賞した[16]。
2023年、小説『本巴』が第11届茅盾文学賞を受賞した。これは新疆出身の作家が茅盾文学賞を受賞した初の事例となった[17]。
菜籽溝への移住と木塁書院の設立
2013年(50代初め)、劉亮程は新疆木塁哈薩克自治県の菜籽溝村に移住し、廃校となった学校を改築して「木塁書院」を設立した[18]。さらに新疆初のアーティスト村「菜籽溝芸術家村落」を創設した。書院では農業と読書を融合させた「耕読」の生活を自ら実践し、小説『捎话』や『本巴』を執筆した[19]。2023年6月には菜籽溝村に「劉亮程文学館」が開館した[20]。
2022年には新疆作家協会主席に就任し、2026年には新疆文学芸術界連合会主席に選出された[21]。
学術的業績
主な著作・論文
詩集
- 『晒晒黄沙梁的太阳』(黄砂梁の太陽を日向に干す)
散文集
- 『一个人的村庄』(一人の村)新疆人民出版社、1998年
- 『风中的院门』
- 『库车行』
- 『在新疆』(新疆にて)春風文芸出版社、2012年
- 『一片叶子下生活』
- 『我的孤独在人群中』時代華語、2023年
長編小説
- 『虚土』(ゆきつかない土)2006年
- 『凿空』(うがち空ける)
- 『捎话』(伝言を運ぶ者)/英訳:Bearing Word(Jeremy Tiang訳、Balestier Press、2023年)
- 『本巴』(ボンバ)訳林出版社、2022年 第11届茅盾文学賞受賞
- 『长命』収获雑誌掲載、2025年
インタビュー集
- 『把地上的事往天上聊』(地のことを天に向かって語る)
受賞・栄誉
- 2001年:第2回馮牧文学賞
- 2014年:第6届鲁迅文学賞散文奨(『在新疆』)
- 2015年:第16届百花文学賞散文奨
- 2023年:第11届茅盾文学賞(『本巴』)
- 2024年:「新疆文化旅遊宣伝大使」称号授与
思想・考え方
劉亮程の文学には「万物有灵(すべてのものに魂が宿る)」という汎霊論的信念がある。彼は作家にとっての根本的な信仰とは万物有灵であると繰り返し述べており、土もこちらを見つめ、風にも眼がある、という感覚を持つと語っている[25]。この思想は、中国古典の荘子が説く「天地合一」の自然主義に連なりつつ、独自の深化を遂げたものである。
劉亮程は、文学の使命を「科学が世界をどんどん単純化する時代に、生命性を取り戻し、神秘と神聖を自然に返すこと」と位置づける。作品の中では自然が単なる比喩や道具ではなく、それ自身として生きて語りかける存在として描かれる[26]。
故郷・新疆の農村は彼の創作の永続的な源泉であり、「故郷こそが世界への出発点」という信念のもと、複雑に入り組んだ現代的な主題を、田園的・詩的な筆致で探求し続けている[27]。また、農業と執筆を並行して行う「耕読」の生活を自ら実践し、スローライフの哲学を体現している。
発言
劉亮程の思想の理解を助けるため、キーワードごとに分類した彼自身の説明等の発言を以下に引用する。
- 万物有灵(すべてのものに魂が宿る)
- 「作家の根本的な信仰は、万物有灵であるべきだと思います。この世界は霊光に満ちあふれているのです。土もまなざしを開いていて、耳を澄ませば、風にも眼があります。」
- (原文:"一个作家的基本信仰应该是万物有灵。这个世界是灵光闪闪的。尘土是睁开眼睛的,听的时候,风是有眼睛的。")[28]
- 文学と自然
- 「自然文学の核心は、自然そのものにあります。これまでの文学では、自然は比喩のための器として存在し、草一本、雲一片にも何らかの使命が与えられて、自然そのものではなく、比喩の道具になっていました。自然文学はそうであってはならず、自然を最も自然な場所に置き、自然自身に語らせなければなりません。」
- (原文:"我认为的自然文学,最核心的是自然本身……那么,自然学应该把自然放在最自然的位置,让自然本身说话。")[29]
- 故郷と文学
- 「故郷とは、私が生きてきた新疆の多民族文化の伝統を指し、私が立っている大地を指すものです。作家は自分の故郷、土地、そしてその中の生活に誠実に向き合わなければなりません。それこそが作家に最も深く影響を与えた場所であり、世界への入り口なのです。」
- (原文:"对他来说,故乡指向他所生活的新疆多民族文化传统,指向他脚下所立足的土地。他认为作家要认真面对家乡、土地和其中的生活,那是对作家影响至深的地方,也是通往世界的起点。")[30]
- スローライフと農村の時間
- 「物語に終わりはありません。だから急ぐ必要はないのです。野菜に水をやること、ガチョウが卵を産んだら集めること、そちらの方がずっと大切です。庭のアンズやリンゴの木が一斉に花開いているのに、どうしてその美しさを見ずにいられましょう。散歩に出て、ちゃんと見に行かなければなりません。」
- (原文:"There will never be an end to the world's stories, so there's no need to rush. Watering the vegetables or collecting eggs after the geese lay them, these are the more urgent things. When the apricot and apple trees in the courtyard are all in bloom, how can you neglect their beauty? You must go out for a walk and see them.")[31]
- 灵感(靈感、インスピレーション)と創作
- 「灵感が来るのを待つなんてことを、作家がしていてどうなりますか。一年半待っても来ない、五十歳になっても来ない、では何もかもが台無しになってしまいます。灵感を自分の常態にしなければなりません。自然と万物とつながる心の窓を、常に開け放っておく必要があります。」
- (原文:"作家怎么可能靠灵感去写作呢……必须把灵感变成自己的常态,时刻都有。那个跟自然万物接通的心灵之窗,要时刻开着。")[32]
- 『本巴』と時間について
- 「あのひとときには、天の月と星々、地上の青草と馬、草原を渡る風の音が太古から変わることなく続いているように感じられました。人々の微笑みや感動もまた、太古から変わらぬもののように。私は、この土地に生きる人々と共に座り、星や月や草原のすべての生き物とともに座っているように感じたのです。」
- (原文:"那样的时刻,仿佛天上的月亮星星、地上的青草马匹、刮过草原的风声亘古未变,人们的微笑和感动似乎也亘古未变。我感受到自己跟这块土地上的人们坐在一起,也跟星星月亮和草原万物坐在一起。")[33]