加茂健
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静岡県浜松師範学校付属小学校4年時にサッカーを始める。浜松一中では5年時にキャプテンを務め、中部大会に優勝した。
早稲田大学入学後はア式蹴球部に所属。在学中の1936年に開催されたベルリンオリンピックのサッカー日本代表に選出され、背番号10を付けた[3]。1回戦のスウェーデン代表戦に出場し、ベルリンの奇跡の立役者となった。また、2回戦のイタリア代表戦にも出場した[2][4]。
また、1938 FIFAワールドカップ・予選および1940年東京オリンピック の日本代表にも選出されたが、試合会場となるベトナムへの渡航に難色を示した大日本蹴球協会(現:日本サッカー協会)によりW杯予選への不参加が決定された。また、東京五輪も中止されたため、代表としての出場機会は無かった[3]。
1939年1月、日本軍に召集され、戦後は神奈川県川崎市などに在住した[3]。
所属クラブ
- 静岡県浜松師範学校付属小学校(現・静岡大学教育学部附属浜松小学校)
- 静岡県立浜松第一中学校(現・静岡県立浜松北高等学校)
- 早稲田第一高等学院
- 1932年-1937年 早稲田大学